女性の心を落ち着かせる言葉

ラカンと精神分析で女性の悩みを軽くする|女性の内面を知るためのパサージュ。

投稿日:2017年9月5日 更新日:

ルイ、アルチュセールの精神分析の見解

「ラカンの解釈からわれわれが学んだこと、それは、精神分析は小さな子供を人間へと生成変化させるということ、つまりシニフィアンの隘路(あいろ)すなわち文化そのものの隘路を通じて、小さな生物学的人間存在である、この小さな生物学的存在の全面的な文化ー化を条件づけるアプリオリな文化という隘路を通じて、文化の中に組み入れることに関係しているということです。」

「この小さな生物学的存在は、エディプスという柵を越えた瞬間から、仕組みのなかに、つまりシニフィアンの秩序のなかで考察される親族構造によって子供に課された役割分担のなかに組み入れられた瞬間から子供になります。」

「そして、子供は、このシニフィアンの秩序を通じて、要求というかたちでみずからの欲求を表現しなければならないのです。ですから問題は以下のようになります。小さな人間の子供という状態にまでたどり着いたとき、この小さな人間存在はなにに出会うのか?」

「もし、精神分析が実際に、この生物的なものから文化的なものへの移行に、小さな生物学的存在から小さな人間の子供への移行に携わってるなら、シニフィアンの隘路を通り抜けて文化へと入り込んだとき、この小さな人間存在はなにに出会うのか?」

「心理学の新しい学問分野が、その後を引き継ぐでしょう。それは社会心理学です。[・・・]この解釈は抽象的です。18世紀から19世紀初頭の、特にコンディヤックの観念学において、野生児という現象について提示された解釈です。」

「ご存知のように、18世紀には自然から文化への移行というこの問題に関心が集まりました、そのいくつかの例のひとつで、18世紀に考察の対象となったのは、野生児と呼ばれたものでした。」

「狼少年、牛少年、豚少年等々といった、つまりは森のなかで拾われ、動物たちといっしょに暮らしており、人間らしいところはなにも持たず、動物のような振る舞いをするために狼や熊などの子供のように見える、そんな状態で引き取られた子供たちのことです。」

「こうした野生児たちの本質的特徴は、[・・・] さて最初の特徴は、かれらが4本足で歩いていた、ということです。第二の特徴は、かれらがしゃべらなかった、そして有り体に言えばほとんどまったく話すようにはならなかった、といことです。これは非常に興味深い現象です。第三の特徴は、性的欲望をまったく示さなかったという点です。第四の特徴は、鏡のなかに自分自身を認めるようにならなかったということです。第五の特徴は、かれらは笑うようにならなかったということです。こうした特徴は、18世紀の哲学者によってではなく、こうした事例を考察した人類学者によってまとめられたものですが、おそらくそれなりの利点がないわけではありません。」

「病は自然に反する本質ではなく、自然そのもの、ただし逆のプロセスをたどる自然である。」フーコー;精神の医学と身体の医学p43

「狂気は、複雑な機能が消えて、その空いた部分に人間性の前史を垣間見せることになる。」グロ;フーコーと狂気p11(11)

「こうして、ジャクソンは後退現象に、病的行動の説明を見い出した。しかし、この心理的後退説は、二つの疑わしい前提の上に成り立ってる。精神の働きは、退化もありうる実体(フロイトのリビドー、ジャネの心的エネルギー)と考えられ、子供、狂人、原始人の人格の構造的アイデンティティーが想定されてきた。」p11(14)

・存在の三次元
「1、セクシュアリティと知覚の現実的秩序、2、意識とナルシシズムの想像的秩序、3、言語と死の欲動の象徴的秩序。」ロバート・サミュエルズ;哲学による精神分析入門 p17(12)

・ラカンのシェーマLの図式化
「ラカンが試みるのは、諸関係の論理あるいは代数を展開すること。Sの場所に幼児期のセクシュアリティの実存的主体と呼ばれるものを彼は位置づける。・・大文字の他者Aの場所で、言語と法の社会的・象徴的諸関係が見出せる。」p18(5)

「ラカンはしばしば、概念を記号で置き換えた。それは一つの標識の見出しの元に、一連の諸概念を統一化するためだった。・・ラカンの主張によれば、科学が何らかの進歩をとげる唯一の仕方は、無限や平方根に対する記号のような新しいしるしを導入することによってなのだ。」18(6)

「これらの記号は道具して作用する。この道具はある種の諸機能がそれぞれの場合、どう働くか証明する必要なしに遂行されるのを許す。記号はまた、速記的言語を創造することで、異なった科学者たちが互いに意志疎通しあうことを可能にする。」p18(11)

・ラカンのシェーマLの参照
「最初、これらの記号は近づきがたいもののように思われる。しかし、そうした記号こそ、規定されながらも開かれた論理的構造が確立されるのを可能にするのだ。」p18(15)

「ラカンはエスを『そのばかげた言うに言われない実存における主体』と呼ぶ。それは、感覚的エスの本性的実存が言語や知の構造に先行する様を強調するためだ。」p19(5)

・aとa'の実線で位置付ける
「ラカンがこうした数学的記号を用いるのは、自我とそのイメージとの関係が、現実的なものの点と想像的な点の間の光学的関係によって定義される事を示すためだ。言い換えれば、自我のどの現実的な再現・表象に対しても、対応する想像的な再現・表象がある。」p19(8)

・マテーブランコのよるフロイト考察
「彼の主な目的は、非常に単純な数学論理を用いて、無意識過程についてのフロイトの概念の幾つかを再定式化することで、まさにどれほどの精神分析的な洞察が革新的で貴重なものになるかを示していくことにあった。」マテーブランコ;無意識の思考 p8(4)

・フロイトの無意識の貢献
「フロイトの特別な貢献は、無意識的思考がどのように作動しているかを定式化し、更には、無意識的思考がそれ自体の体系的な構造を伴って作用することの意味に注意を向けたことにある。」p8(7)

・フロイトの主張
「論理を支配する規則は、無意識では何の重要性も持たない。したがって無意識は、不合理の王国と言ってよいだろう。」p8(10)

・フロイトとヒステリー事件『自己を語る』
「私の女性患者の一人であったが、その人の疼痛発作をその誘因となっているものまでさかのぼることによってその苦痛から解放してやったときのことであった。覚醒するや、その腕を私の首に巻きつけてきたのであった。・・・このときからわれわれは暗黙のうちにではあるが、催眠法の背後にはたらいている神秘的な要素の本性を捕らえたのだと考えたのであった。それを除外するか、少なくとも切りはなすためには私は催眠法をやめなくてはならなかったのであった。」

「多くの論者はこの事件をフロイトの(性愛的)転移の発見と結びつけて論じている。・・・この事件のよってフロイトは転移という現象を概念化できたわけでもないから、転移という現象に関してこの事件が大した意味を持っていたわけではない。・・・フロイトが転移を発見したからではなく、精神分析への欲望が明確に示されたときだからである。」精神分析の抵抗;十川幸司 p14(11)

・精神分析の欲望への抵抗
「この抵抗によって自由連想法が発明されたということを考えるなら、それは精神分析の起源に位置する抵抗、精神分析そのものの抵抗と言えるものだ。」p14(15)

「フロイトが『催眠法の背後にはたらいている神秘的な要素の本性』と呼ぶものは『性』を表現されるものよりも、もっと根源的な関係のこと。」p15(3)

・催眠法の背後にあるもの
「催眠に内在する表象不可能なある直接性、あるいは絶対的内在性といったものである(これをボルク・ヤコブセンなら原初的情動関係と呼ぶだろうし、ミシェル・アンリなら端的に『性』と名付けるだろう)。」p15(5)

・フロイトの直接性の抵抗
「その抵抗の点のおいて、フロイトは一つの決断を下す。つまり、『表象不可能な直接性』を取り扱うことを放棄し、表象と言語という限定された場を設定するのである。」p15(9)

「そしてフロイトが見出したのが自由連想法という方法である。精神分析の誕生は形式的には、催眠から自由連想法へという技術上の変化のよるもの・・背景には・・抵抗がはたらいていたと読み取るべきだろう。」p15(11)

・フロイト『自己を語る』
「方法はこれ(催眠)とはある意味において正反対といえるものに取ってかえられた。ある特定のテーマについてものを語るようにと患者を強制するかわりに、今度は『自由連想』のおもむくままに語るようにと要求するのである。すなわち、意識的な目的観念から離れているときに、心に浮かぶことは何であろうとそのすべてを言うようにと要求するのである。」

・精神分析の性質
「患者が、心的表象を言葉という形で分析家に差し出し、分析家の方はその言葉を傾聴し、分析家も患者と同じ言葉という媒介によって解釈を与えるという経験である。」p16(3)

「精神分析は、全く新たな言葉の経験であり、また言葉の経験でしかない。だが、患者はその言葉の経験を通じて、自らと症状(享楽)との関係を変えることができ、また患者は自らの欲望を知りうるのである。」p16(7)

・催眠の歴史
「百年前にはシャルコーが絶大な尊敬とアカデミズムにおいても力を得ていたフランスにおいて、催眠はシャルコーの没後、研究面でも治療法としても徹底的に放逐される運命をたどる。」p17(1)

「ラカンは多方面の知に幅広い関心を持っていたが、催眠はもちろん神秘的なものにはまったく関心がなかった。彼が催眠に関心を向けるのは、一つの言説として、精神分析が決して陥ってはならない『主人の言説』の典型例としてであって、催眠現象についてではない。」p17(8)

・ラカンの治療
「ラカンは言葉、とりわけ話し言葉(パロール)による治療に全面的な信頼をおいていた。このような状況で催眠療法の効果や催眠現象に関心を向ける人たちが、言葉の力を添え、催眠療法の確実な効果や、また催眠現象の謎を完全に抑圧してしまう精神分析に不満を覚えていたことは容易に想像がつく。」p17(10)

・精神分析の正当化物語
「自由連想法の正当性を記した精神分析の最初の物語である。これは、フロイト、ブロイアー、ジョーンズによって作られ、後の分析家あるいは歴史家によって数々の装飾が加えられた物語である。」p18(14)

・ボルク・ヤコブセン『アンナ・Oの記憶』
「このアンナ・Oの治癒が神話であることは皆がよく知っていることだ・・ここから理論的、臨床的、制度的、医学的な帰結を引き出すときに、これを皆が進んで忘れようとしてしまう。・・さらに、この神話は精神分析治療の原型となるモデルであり、精神分析がその性質上検証不可能なので、このモデルはその後のそれぞれの精神分析治療の正当化を保証する機能を持ってきた。」p19(6)

・精神分析の主体概念の批判
「彼によれば生の最も根本的な様式は、根源的情動関係、根源的同一化であり、それは決して表象されえないものである。」p23(12)

・女性は何を求めているのか
「解剖学的な性とは別に、語る主体は象徴界において、男性から女性のどちらかの性別を刻印されて生きている。」性倒錯の構造 フロイト/ラカンの分析理論;藤田博史 P11(2)

「すでに言葉の掟のもとに生きている人間は、何よりもまず、象徴界における性別によって二分されている。たとえ染色体が男性型であることが判明しても、すでに象徴界に女性として登録されている語る主体は、そこで『女』の性を選択して生きてゆくのがむしろ『自然』といえるだろう。」p12(3)

・性差の明らかにする
「生物としての性差と、象徴界における性差との相対的な関係を明らかにするために、わたしたちが持ち合わせてる材料は、さしあたって次の二つだけである。つまり、子は母から生まれるという生物学的事実、及びそこへ事後的に性別を刻印する象徴秩序という掟が介入してくるという事実である。」p12(6)

「男性、女性が最終的に互いをその欲望の対象として選択するという対称性にもかかわらず、子は必ず母という女性から生まれるという非対称はこれに逆らっている。つまり、子にとって最初の欲望の対象は、常に自らに救いの手を差し伸べてくれる母(女性)なのである。」p12(7)

女性にまつわる非対称
「子はすべて母から生まれるという非対称により、女性はその性の同定において余分な回り道を強いられている。つまり男性にとって、最初の欲望の対象はそのまま異性であるが、女性にとっては同性なのである。したがって女性が異性愛に向かうためには、何らかの形で母に向かう欲望を処理し、男性に向かう欲望に変換する必要がある。」p12(13)

「つまり、女性は母を超えて男性に向かわなければならない。母を欲望の対象から欲望の出発点に置き換えることにより、はじめて欲望の対象が異性になりうる。すなわち、女性の欲望の達成過程には、まず母の位置まで辿り着き、母を踏み台とした上で男性を欲望する、という迂回の手続きが要請されているのである。」p13(2)

・フロイトのテクストの深刻な問題
「フロイト本人も、この障害を完全に意識していましたし、ですからフロイト自身が『心理学的抵抗』と呼んだものが、その障害を表現しているわけです。この抵抗は、精神分析の計画そのものが世論に受け入れられることに反対していたのです。」精神分析講義;ルイ・アルチュセール p27(7)

・フロイト;文明は神経症的である
「フロイトは、自分の説明の中で問題となっている理論的困難さをよく承知していました。・・そのあと別の概念を生み出すことになった・・われわれの文明の神経症的性格という概念・・フロイトは真に歴史的な説明へと移行したにもかかわらず、その際に用いられたのは分析理論の術語そのもの、つまり原則として各個人を対象とする実践で用いられる術語だった・・神経症概念の理論的なステイタスを修正した・・われわれの文化はそれ自体が神経症的である、つまり歴史的な主体ーこれはもう、一人の個人ではなく、ひとつの歴史的な文化ですーは対象であり得る、あるいは神経症的な型の病理的な疾患の宿る場であり得る、と。」p29(4)

・フロイトとカントの共通点
「フロイトがかれのテクストの中で用いる諸概念と、その諸概念で考察されるはずの内容との不一致という形で現れたのです。・・・フロイトがわれわれに提案している諸概念は、カント的な意味での導入概念なのだと。カントがある学問が内輪でもちいる概念と、その学問にとっての導入概念とを対置させた・・・ある学問がみずからの発展を通じて自力で生み出した、つまりもともとその学問に属し、その学問によって説明されうる概念と、カントによれば導入されたものと明言されている諸概念、つまりある学問が用い、必要とし、どうしても利用せざるを得ないが、しかしその学問自体の固有の展開の中では生み出されることがなく、それゆえ外部の既存の学問分野から借用した、そういう概念とをカントは対置させたのです。」p31(1)

「フロイトはみずからの分析理論を、あるときは生物学から、またあるときは物理学のエネルギー理論から、最後には政治経済学から借用した導入概念によって提示しました。つまり、この三つの学問分野が、あるはっきりとした歴史の一時点において、あるひとつの学問的な発展をもたらしたのです。」p31(11)

「まず生物学理論は、ダーウィンの影響によりそれなりに支配的な地位を持っていました。物理学におけるエネルギー理論もまた支配的な地位を持っていましたし、最後に経済理論(経済的世界と経済諸法則の認識の可能性を示唆していました)があります。ひとは別の学問領域内でも、これらについて考えをめぐらし、そしてその概念形式を使うというかたちで、それらを役立てることができたのです。」p32(3)

・フロイトのテクストを読む際の懐疑
「フロイトが自分の概念で指し示すことと、諸概念の理論的なステイタスの間にはどんな関係があるのかと、われわれは自問します。こうした諸概念は明らかに借り物であり、それを自前の概念とするには、なんにせよ根本的に変化させなくてはならなかった、つまり理論的考察をおこなったあちで理論的に変化を被らせなくてはならなかったのです。」p32(8)

・ラカンが登場するまで
「この理論的な考察のあとの理論的変容というところで、われわれはじゅうぶんに以下のことを検証しなければいけません。ラカンが登場するまで、そんなものは存在していなかったのではないかと。ラカンが登場するまで、つまり導入概念を自前の概念へ変化させる試みが登場するまで、フロイトの読者にとっては、一方にあるフロイトの諸概念と、他方にある精神分析が明示する具体的な内容とのあいだには、矛盾が存在していたのです。」 p32(13)

・教育分析のパラドクス
「さまざまな難問を経験したのち・・諸々の理論的概念は事態そのものへとアプローチする役には立ちそうもないということを確かめたのち・・精神分析に出会うとき・・事態そのものは分析技法が実地に実践されているなかに、つまり治療のなかに見出されるだろう・・精神分析的治療は治療という経験をもたらすのだ、精神分析治療はどこにも還元できない特殊な経験をもたらすのだと、・・精神分析家と非分析者の言葉遣いの置き換えると、・・身をもって経験しなければならないと、・・身をもって分析的な治療経験を体験してもらわねばならない、そしてこの治療という、直接的でかけがえのない経験が必要だということを、制度というかたちに具現化したものを、身をもって体験してもらわねばならない、と。この制度が教育分析です。」p35(6)

「つまり精神分析は、ある人間が自分自身の真理にアプローチする際に必要不可欠な制度として、精神分析では教育分析と呼ばれるものを作り出したのです。」p35(10)

・精神分析の迂回と誤解
「この精神分析は、すべての精神分析家に、自分自身が分析状況を身をもって経験するよう義務づけます。そして、権利問題としては考察されたことはないものの、事実によって確証されたものであり、かつそこからひとつの制度が誕生し、実際に精神分析家自身を選別している、そういった効力をもつものを、絶対的な原則として措定しているのです。」p35(11)

・精神分析は教育分析を経由しない
「事実的には、教育分析と呼ばれる制度の形をとったこの原則を逸脱しています。この教育分析そのものが、そっくりひとつの団体に従属しているのです。つまり、既存の精神分析協会かた許可がなければ、誰も精神分析家にはなれないのです。」p35(15)

「新たな難問を前にする・・精神分析家も被分析者も、ともどもがこの要請を満たしてきたということです。・・精神分析家の著書やテクストで、精神分析家はこの状況の特殊性が何なのかを考えようとしています。・・しかし、治療という還元不可能な実践を具体的に経験することによって、この移行が必然的なものになるのだということを、エピソード的に表現しようが、理論的に表現しようと試みようが、どちらでも同じようにこのひどくびっくりさせられる奇妙なパラドクスにたどり着くことになる、というのが実際のところです。つまり、納得したものがいまだかつて誰もいない、というパラドクスです。」p36(14)

 

 

 

 

 

 

 

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tak

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