女性の心を落ち着かせる言葉

女性をオキシトシン癒す方法と女性を癒すための心理|ポパーの開かれた社会と宇宙で女性を癒すパサージュ

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女性をオキシトシンで癒す方法と心理をポパーの科学論で女性の癒し方をパサージュ

・開かれた社会ー開かれた宇宙;カール・R・ポパー|フランツ・クロイツァー

・クロイツァーとポパーの開かれた社会と開かれた宇宙の対話篇

・ポパーの『わたしは哲学をどう見ているか』
クロイツァー;「論文の『わたしは哲学をどう見ているのか』で『わたしの信じるところでは、すべての人は哲学者である。多くの人は、他の人よりもいっそうそうであるとしても』という注目すべきご文章をお書きになられたのは、そう古いことではございませんでしたね・・先生が他の人よりもいっそう哲学者であるような人間に属されていることは、疑いのないところです・・わたしたちの視聴者は、われわれの会話の冒頭で、なぜ彼らが・・本当に哲学者であるのかを聞くことができたなら、興味をそそられると思うのですが・・」

ポパー;「わたくしは、どんな人でも、人生に対して・・死に対して、なんらかの態度を展開していると思うのです・・通常は、批判的な吟味を受けていないにしてもー哲学的な態度・・良き哲学であります・・もろもろの期待、人生が提供すべきであるもの、人生において達成されうるもの、こうしたことがらは、根本においては、人生に対する哲学的な態度なのです・・この意味で、わたくしは、実際、すべての人間は哲学者であると思っています・・」

クロイツァー;「先生の命題からすると、哲学者はエリートであるべきだと信じている人々に対する批判であると思います・・哲学は上流社会の人々にとってのお菓子であって、すべての人々にとってのパンではないという・・そう考えられてきたということでしょうか・・」

ポパー;「ええ、そうなのだと思いますよ・・わたくしは、エリートを信じませんし・・職業的哲学者がわれわれの社会で特別に重要な集団を形成しているという意味で、哲学的エリートが存在するとも信じておりません・・そんなことは、わたくしにはまったくもって考えられもしないことです・・」

クロイツァー;「それでは、『万人』ー哲学者・・日常の人間ということですが、こうした人間と区別される職業的哲学者の主要な課題とは何のでしょうか・・ここでは、先生の哲学の名称を先取りしてもよいでしょう・・『批判的合理主義』という名ですね・・それによると、社会に対する哲学者の課題は、人間に、批判をおこなわせ、批判とは何であるかを理解させ、そしてそれをつうじて世界や社会秩序の実体についての洞察を獲得させることにあるのですね・・」

ポパー;「ええ、わたくしは職業的哲学というものに対してはそうじて懐疑的ですし、あなたが先ほど言及してくださった論文でも述べておきましたが、自分が職業的哲学者であるということ・・職業的哲学者であったという事実は、一種の非難を受けるものであると感じているのです・・ある種の弁明が必要とされるような非難をうけるものだとね・・で、わたくしは弁明するわけですが、それが、十分によい弁明であるなどとは思っておりません・・職業的哲学者の課題は、他の多くの人々が当たり前のこととして受けとめていることがらを批判的に探求することにあります・・そうした見解の多くは、なんら批判にさらされることもなく、自明のこととして受けとめられていますが、多くの場合単純に偽であるような素朴な先入見だからです・・それを取り出すために、批判的な熟考に時間をさく職業的哲学者のような人がおそらく必要となるのです・・」

クロイツァー;「先生は、ご自身で語られ、またご自身のことについて話された多くのことを弁明とおっしゃられます・・先生はソクラテスの弁明を引き合いにだされているのでしょう・・弁明は思想としてソクラテスの基礎になっていました・・ひとつのまったく偉大な弁明、『自己弁解』・・先生の生の自己叙述、先生の自伝が、『出発点』(Augangspunkte)と題されてドイツ語訳されました・・それは英語では、Unended Quest(森博訳『果てしなき探求』)という題で、決して終わることはないし、また決して終わらされるべきではない探求を意味するむしろ一般的なタイトルでした・・それが本質的に指し示しているのは、先生の生涯には終点、決着はありえないということです・・先生が、他の人よりもいっそう哲学者になられたのはどうしてだとお考えですか・・」

ポパー;「わたくしは、学者に、職業的哲学者になりたいとは思っていませんでした・・わたくしがそうなったのは、ある外的な状況に帰せられることです・・わたくしのもとの計画は・・16歳、17歳の若者としてのことでしたが・・」

クロイツァー;「それは第一次世界大戦中のことだったのですか・・」

ポパー;「それはもう世界大戦も終結間近の頃でした・・わたくしが林間学校を設立し、そこで先生になりたいと思ったのは・・その後、それは放棄しました・・先生になるという考えの方ではなくして、林間学校という考えの方でした・・」

クロイツァー;「その当時、先生の世界観は、徹頭徹尾、社会主義的な、短期間はマルクス主義的な、そして先生ご自身がおっしゃられていますように・・はっきりと共産主義的なものでした・・それから・・先生は、一年のうちに、マルクス主義・・共産主義の批判者に・・反共産主義者になられたのですね・・そこにはまったくもって決定的な出来事、1919年のヘール通りでの流血の衝突があった・・」

ポパー;「ヘール通りでのその衝突において何人かの若者が殺害されたという事実、この事実によって、わたくしは共産主義を批判的に熟考するようになりました・・わたくしは、これら若い人たちの共産主義が、わたくし自身の共産主義と同じように、相当に未熟なものであったことを知っていました・・その当時、わたくしがはじめて明瞭に自覚したのは・・当時理解されていたマルクス主義に主張では、資本主義は日々、社会主義革命が要求するよりも多くの犠牲、多くの人間的犠牲を要求するということでした・・これは、脆弱(ぜいじゃく)な足場にたつ主張でした・・わたくしが認識したのは、人間的犠牲は、こうした理由からすれば、ますます少なくなるように、そして注意深く、あつかわねばならない、とりわけ、他者の犠牲が要求されているときには・・他の人々の生命を賭けさせるような状況に導いていくときには、ということでした・・」

クロイツァー;「先生は、かつてマルクーゼとの対決のなかで、次のようにおっしゃられましたが、それはこの点を・・ヘール通りでのショック体験を踏まえられていたのですね・・
『・・なぜなら、マルクス主義の理論は階級闘争の先鋭化と激化とを要求するからです。あなたは、階級闘争が先鋭化すればするほど、われわれはいっそう早く社会主義に至るだと、革命は犠牲を要求するが、資本主義は、日々、社会主義革命のすべてよりも大きな犠牲を要求しているのだと主張しておられる。』ここにみられるような誤りは、先生のご意見ですと、そのショック体験をつうじて意識されたわけですか・・」

ポパー;「こんなことが主張されてはならないということ・・マルクス主義の理論は、実際には、このようなことを主張するに足る基礎を提供するものではないということ、くわえて、マルクス主義の理論そのものが非常に疑わしいものであるということーこうした類のことは、当時意識していました・・わたくしは、こうしたマルクス主義の理論を、そしてそれと共に、こうした態度の全体を、実に表面的な研究にもとづいて受け入れていたのだといくことも・・当時、17歳の誕生日の少し前でしたが、自分が如何に無責任な行動をしていたのかもはっきりと自覚していました・・」

反駁されそうもないもの、それは語っていないか、ごくわずかのことしか語っていない

クロイツァー;「そのほかにも、先生の自伝からこの箇所を取り出して読んでみることには格別の価値がございますね・・こうした体験にもとづかれて、先生はー他の人々に革命を調達してやるといった孤立した知識人の一人にはなるまいとされたわけですからー肉体労働をし、手工芸を修得しようと決心された・・」

ポパー;「わたくしは、われわれの若い者が、将来の知識人であり、将来における労働者の指導者であるべきだという考えには抵抗しました・・そもそも、われわれがすでに何者かであったというのでしょうか、そもそも、われわれが何を知っていたというのでしょうか、そして、そもそも、そうした要求をする根拠は何だったというのでしょうか・・それで当時わたくしは、自ら肉体労働をし、労働者になろうとしましたーしかし、それは最後まで貫き通すことのなかった決心でした・・」

クロイツァー;「しばらく道路工事で働かれたのですね・・それから指物師のところで家具の製造を2年以上学ばれた・・」

ポパー;「ええ、そうです・・それと並んで、わたくしは、林間学校あるいはそれに類似したものが実現したら、この指物師は有益であろうと考えていました・・」

クロイツァー;「先生が、肉体労働をされたり、手工芸を修得されていたときに、先生の精神的発展がとどこっていたわけではございませんでしたね・・先生は、大学での学習者でありながら、高校は卒業資格は後から取られたわけですし、すべての時間を学習に費やされ、またよく考察を重ねられました・・先生の自伝で目につくのは、1919年という年が、先生にとっては精神的にも哲学的にもとりわけ大きな意味を持っていた・・その年は、一方でマルクス主義や精神分析の疑わしさが意識され、(他方で)アインシュタインの相対性理論の高度の科学性が意識された年であったということ、そして開かれた科学体系と閉じた科学体系との科学的な対立が意識にのぼった年であったということですね・・」

ポパー;「ええ、そのとおりです・・そうしたことはすべては、多かれ少なかれ、マルクス主義に対する批判的態度と関連していました・・わたくしには、このイデオロギーの基礎が非常に疑わしいものであることがますます明らかになりましたし・・マルクス主義が、仮に、当時マルクス主義者たちが主張していたように、科学であったとしたところでー科学というものはそれ自体で、社会主義の必然的到来、したがって地上におけるよりよき世界の必然的到来といったことを、自ら(科学)にもとづいて予言できるほど、確実なものではないということも自覚しました・・そして、この文脈でわたくしは、そもそも、科学性、何らかの体系の科学性を構成するのは本来何なのかという問題を考えていました・・そしてこの文脈でわたくしに明らかになったのは、体系の経験的ー科学的性格は、生起可能な事実によって、その体系を反駁できるということに関連するということでした・・」

クロイツァー;「・・自らに封印を施しており、自らを反駁不可能なものとしている政治的、哲学的、精神的な体系は、決して科学的な体系ではないのであり、そしてわたくしにして先生の確信を正しく理解していればということになりますが、くわえて危険なものでもあるということですね・・これはマルクス主義や精神分析についてもあてはまるわけですね・・」

ポパー;「マルクス主義、精神分析、そしてもちろん、精神分析の他の諸形態、たとえばアドラーの個人心理学についてもね・・」

クロイツァー;「おそらく、精神分析の例で説明すれば・・精神分析は、精神分析の諸テーゼを承認しない者には何らかの抑圧があると言うのですね、ですから、(もともとは精神分析にたいする)反駁があったものが、(抑圧が存在することを示して精神分析を)確認することがらとなり、その結果として、この体系は反駁不可能になる・・」

ポパー;「ええ、それもひとつですね・・それよりももっと重要なことは、精神分析は人間のおこないうる行動のうちのいかなるものを排除していないという点です・・精神分析は、ある種の状況下において、人間が何ら特定の行動をすることは不可能であるとは言わない・・ですから、何であれ人間のすることは、精神分析の理論を確認するものとなる・・たとえば、ある男が、子供を救うために水に飛び込み。自分の命を危うくし、そしておそらくは命を失うかもしれない場合も、精神分析からすると、当の男が、子供を水に投げ入れて殺す場合と同じように、説明可能なのです・・」

クロイツァー;「そして、先生は、同じような自己確認メカニズムをマルクス主義にも認められた・・ひとつは・・ロシア革命によるマルクス主義の根本テーゼの反駁が、反駁として受け容れられず、解釈を変えられ、解釈し直したりした・・」

ポパー;「たしかに、ロシア革命によってマルクス主義はどんな形で反駁されたのか・・それが説明されねばならにでしょう・・マルクス主義は、あらゆる社会的変革の因果過程は生産手段の変革から始まると主張してしました・・生産手段の変革にともなって、人間のあいだの関係もまた変わり、ついには社会における支配体制も変革されるというのです・・そして、最終的には、社会における諸観念、人間の諸思想、イデオロギーも変わるというのです・・ロシア革命が示したのは・・それとは逆の過程が出現しうるということでした・・ある一定の観念、たとえば、社会主義はプロレタリアートの独裁プラス電気化からなるーこれはレーニンの指導的な思想でしたがーといった観念が、上から社会を変革し、そしてこれから・・生産手段も変革しうるということなのです・・ロシアにおいては、電気化は、下から出現したのではなく、上から、しかもある種のイデオロギー的支配によって、したがって観念によって、実現されたのです・・これは明らかにマルクス主義理論を反駁するものです・・しかしながら、それは、マルクス主義たちによっては、そのようなものとして受けとめられなかったー反対に、彼らは、ロシア革命は、マルクス主義革命であり、マルクス主義によって予見されていたと主張していました・・」

クロイツァー;「自分自身を反駁不可能にするというのは、理論の自己封印化の一例ですねーそして、それは、先生のお考えでは、非科学的な、あまつさえ有害でもあるような理論とかイデオロギーの特徴でもあるのですね・・」

ポパー;「ええ、それは有害なことだと思いますよ・・時には、直接的に、そして時には、自分自身は批判を免れるようにする・・あなたが名付けておられるように、すべての批判に対して自己を封印してしまうということによってね・・こうした理論には、みずからを反駁不可能とするような理論が一緒に埋め込まれているのだと言うこともできるでしょう・・批判に対する精神分析の態度においては、これが実に明瞭にあらわれています・・批判は精神分析されねばならない・・批判者は精神分析されねばならない、しかもそれが、あらゆる批判に対する十分な答えであるというのですから・・」

クロイツァー;「先生がまさにその反対・・理論の科学性を相対性理論に即して研究されたのは、同じ時、1919年でした・・」

ポパー;「アインシュタインは、批判的な観点からすれば、彼の理論を反駁するかもしれないような事例の解明に努めました・・そして彼は、かくかくのことがらが観察されるならば、自分はこの理論をただちに放棄するであろう、とも言いました・・理論について実験的な確認をえる唯一可能な仕方は、理論が偽であることを如何にしたら示せるかを考え、そしてそうした状況を出現させることを試みることです・・そしてそんな時にのみ、理論を反駁する試みの失敗が、確認と見なされるのです・・ーしかし決して最終的な確認としてではありませんが・・」

クロイツァー;「ところで、1919年には、アインシュタインを反駁する大きな機会・・皆既日食の際に、光の湾曲・・太陽の質量によって光が曲がることをテストする技術的な可能性がありました・・」

ポパー;「そうです・・太陽の質量によってね・・それは、エディントンによって組織された有名な探検でした・・それが大きな印象を与えたのは、当時、ドイツの科学者は連合国の観点からすると、いわば除名されていたからです・・その大多数が、戦争を、第一次世界大戦のことですね、熱烈に歓迎し、また支持もしましたし、また大部分の者の行動は決してよいものでもなかったわけですから、除名されたのも当然であったわけです・・アインシュタインは、戦争に反対した少数者のひとりでした・・」

 


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本サイトパサージュ集

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女性が心のイライラを解消するための美学と哲学|バタイユとエロティシズムのパサージュ

うつ病とホルモンバランスの関わり|カント、サド、ラカンと普遍性のパサージュ

女性に哲学から心を癒してもらう|ジル・ドゥルーズとベルクソン差異についてのパサージュ

 


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tak

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