女性の心を落ち着かせる言葉

イスラームの神秘主義と女性の心の悩み|女性の心の悩みと歴史と信仰の本質を説くパサージュ

投稿日:2017年12月1日 更新日:

イスラームの神秘主義と女性の心の悩み。女性と心の本質を信仰性で説く

・イスラームの神秘主義〜ハーフェズの智慧;嶋本隆光ー京都大学学術出版

イスラーム神秘主義(スーフィズム)の歴史と教義

・スーフィズムの語源はスーフ
「イスラームの神秘主義はスーフィズムという・・この言葉のもとになっている語は、スーフである・・スーフとは、羊毛でできた粗末な布のことで、神秘主義者達が愛用した衣服の素材であったという・・この語には純粋という意味もあって、純粋に神の道を邁進する人たちのことを意味したという説もある・・」p19(1)

・スーフはギリシア語のソフィア(智)と関係があるという説
「この語はギリシア語のソフィア(智)と関係があるとの主張もある・・究極の智である真理を真剣に求める人々は、世界中でどの時代にも、どこにも存在したわけであって、イスラーム世界に特異な現象では全くない・・」p19(6)

・イスラーム神秘主義は他の宗教と論じられてきた
「さまざまな宗教的伝統の影響があった点は否定できないとしても・・スーフィズムの発展した時代の中東地域の独自な条件・・8世紀から9世紀前半の時代は、アッバース朝(750〜1258)が全盛期にあって支配者として君臨していた・・これは、イスラーム文化が大いに発展した時代・・多様な言語・文化を持った民族が帝国内に編入された・・世界中からさまざまな文化・思想が流入して、国際的な文化が形成されたことは自然の流れ・・必然・・」p20(2)

・『コーラン』に見られる神

・神秘主義の起源は神
「神秘主義の出発点は神に存在・・神が存在しなければ、超越的存在との神秘的合一体験もない・・神を知ることもにない・・仏教の禅、その他における修行を通じた『無』の境地、あるいは恍惚(こうこつ)状態(トランス)は、近似した体験であったとしても、もし神など絶対的存在を容認しないとすれば、イスラームの神秘主義と必ずしも同じではないかもしれない・・イスラームの教義の根本は『コーラン』である・・」p22(1)

・イスラームの神は『アッラー』
「イスラームの神、アッラーは、峻厳(しゅんげん)で人を寄せつけないイメージがある・・アッラーの・・人を寄せつけない神に人々が寄っていくというのは・・奇妙な話・・神秘主義者たちは、神をあたかも恋人のように慕い求める・・」p22(7)

・イスラームのタウヒートという考え
「イスラームでは、基礎教義の最下底のところに神の唯一性(タウヒート)の考えがある・・アッラー以外はすべて相対的で欠陥を持つ被造物にすぎないと考えられる・・その体系の中で、人間は確かに特異な位置を認められている・・だからといって人間が神になれるわけではないイスラームにおいて神が全知・全能にして唯一絶対の存在である点に揺れはない・・」p22(9)

・神の領域に侵入したグループ『ムウタジラ派』
「神を受け入れる主体が人間である以上、人間的な基準が当然のことながらは入り込んでくる・・イスラームの歴史において、人間の理知の働きに信頼して神の領域に『侵入』したグループの極端な例がムウタジラ派・・イスラーム史上初めて理性を真理判断の基準として認め、その権威を主張した神学の一派である・・この派が思想上重要な意義を持つのは、9世紀前後に、理性が真実を測る標準であるとし、さらに進んでその絶対的権威を確立した点である・・」p23(1)

・『コーラン』と『ムハンマド』以外で認められた『ムウタジラ派』
「イスラームにおける知の根拠は『コーラン』(=神からの啓示、神の言葉そのもの)と預言者ムハンマドの言行(スンナ)以外には認められなかったが、ムウタジラ派は、理性の自立を認めた・・このグループのように、理性の働きに信頼し、それによってもたらされた結論に納得できる人がいる一方で、実は大半の人々は、理性の働きが宗教本来の目的である魂の救済のとってあまり役に立たないと感じていた・・」p23(6)

・理知の働きが魂の救済に役立たずと考えた代表アシュアリー派
「真の救済にとって害悪をもたらすと考えられるようになって、イスラームの多数派、スンナ派では、排除されることになった・・アシュアリー派がこの立場を代表・・この派の立場のよると、『いかにと問うことなく』という大原則に立って、コーランに記されたアッラーの姿を『そのまま』受け入れることを主張した・・この点は、理性の働きを真理に至る根拠と認める哲学(ファルサファ)でも・・イスラーム教徒の間では・・人間の理知の働きには限界があることを認めていた・・」p23(11)

・二重真理理論で二つの流派の分裂を避ける
「イブン・ルシュドの『二重真理の理論』のように、両者は基本的に矛盾対立しないことを主張する立場をあった・・宗教の根本は人間の情念的要素であって、理知の力だけで宗教の真理を理解できる、ましてや究極の新智に到達できるなどと考えることはおそらく誤っている・・人間が持つ理性的な能力を全く無視することは不可能・・私たちが現在知る神秘主義の教義(体系的な教義の説明)は・・合理的な言語を用いてなされている・・なぜなら、精緻(せいち)な教義を築き上げるのは知識人であり、この人たちは・・理知の働きに信頼を置く人達だからである・・」p24(2)

・神のみに信を置く人たちは神から愛を感じていた
「神にのみ信を置く立場の人々の間では、神は人間から隔絶した存在ではなく、非常に近くにいて、人間を愛してくれる存在であると受けとめる傾向・・このような傾向を支持する考えは、コーラン自体に見られ・・以下の箇所に根拠が見出された・・」p24(9)

『(ここでアッラーはマホメットに内密に話しかける)もしもわしのしもべども(信者たち)が、このわたしに関して(アッラーとは一体どんな神様かなと)お前に質問して来たならば、(こう答えるがよい)、わしは(常に信者の)近くにあり、わしを呼ぶ者がわしに呼び掛けた時、その呼び掛けにすぐに応じてやる、と。だからみんなもわし(の呼び掛けに)応えるのだぞ、さすればきっと正しい道を歩いていけるようになるであろう。』(2:182)

『我ら(アッラー)は人間を創造した者。人の魂がどんなことを私語(ささやいて)いるか、すっかり知っておる。我らは人間各自の頚の血管(一番近く、一番親密なものの譬え)よりももっと近い。(50:15)

『いけない、いけない、あんな男の言うことを聞くな。さ、額づいて、近う寄れ(祈れということ。祈るのは神に近寄ることでもある)。』(98:19)

・『人間各自の頚の血管よりももっと近い』という表現から
「神は人間にきわめて近い存在であることがわかる・・これは神が人間を愛し、人間を見守る存在であることを示す言葉とみなされた・・その結果、愛の教義が強調されることになり、愛する者愛される者の三つが、いわば三位一体的な関係で相即不離の関係で受容されるようになる・・神の愛を求め、神に愛されるというとき、神との合一体験が重視される・・しかし・・神と合一体験をするといっても、もちろん人間が神になれるわけではない・・このような傾向は、アッラーのような超越的で絶対的な人格神を認める宗教においては多かれ少なかれ観察できる特徴・・」p25(7)

神に近い信仰『コーラン』での愛の教義;愛する者、愛される者、愛

預言者ムハンマドのイメージとスーフィズム

・神秘主義とイスラームの本道と神を愛する行為
「人が何らかの行為を行うとき、行為の模範があると便利・・イスラームの基本は、神の言葉として『コーラン』、そして神の言葉を啓示して受ける任務を神から授けられた預言者、特に『預言者の封印』としてムハンマドが重要・・『預言者の封印』とは、イスラームでは旧約、新約両聖書におけるすべての預言者を認めるが(イエス・キリストもその一人)、最後の『封印された』預言者がムハンマドであって、彼以後一切の預言者を認めないことを意味する・・」p26(5)

・神の愛を啓示するムハンマドは完全な人間とされた
「ムハンマドは信者の鑑であって、理想的な人間、完全な人間(インサーネ・カーメル(ペルシャ語))と考えられた・・神秘主義者たちは、まず自分たちの行為を正当化する根拠として預言者ムハンマドの言行(スンナ)を基準とした・・ムハンマドの言行は、伝承集の形で9〜10世紀までにまとめられた・・」p26(10)

・神人合一を公然すると処刑に遭うこともある
「人間と神の間には永久に超えることができない『隔絶した溝』が存在することを自明の事実として容認する環境の中で、神人合一を公然と主張すれば、神に対する冒涜(ぼうとく)であるとして、例えば、有名なハッラージュ(922年没)のように、十字架にかけられ処刑される運命に遭う・・」p26(13)

・神秘主義者が根拠にしたムハンマドの伝承
「『正統的な』教義に違反することなく、しかも無味乾燥な教義と儀礼の空虚さを埋めてくれる感性的で宗教的な要素が不可欠なのであった・・そこで、ムハンマドの生涯に範をとることは、宗教学者の厳しい監視の目を躱わす(かわす)格好の手段であった・・」p27(3)

「ムハンマドの伝承の一つに

『神は言い給うた。私が彼に課した義務を果たす時以上に下僕が私に近い時はない。私の下僕は、私が彼を愛するまで、余分な義務を果たすことによって、私に近づき続ける。そして、私が彼を愛する時、私は彼の耳であり、彼は私の言うことを聞くことができる。また、私は彼の目であり、それで彼は私を見ることができる。私は彼の舌であり、彼は私によって話すことができる。また私は彼の手であり、彼は私によって取ることができる。』

「神秘主義者たちはこれを根拠にして、神秘思想を構築したと言われる・・さらに神は言い給うた、『私と大地と天は、私を含まない。しかし、信心深い私の下僕の心は、私を内に含む』という言葉もある・・これらの伝承は、敬虔(けいけん)な信者が神との『合一体験』を経ることによって、『神を知る』道を開くものとしてきわめて重大な意味を持っていた・・」p27(13)

・ムハンマドの生涯で起こった事件
「ムハンマドの生涯に起こった事件の中で、以上の枠組みの中で最も意義深いのが、いわゆる『ミラージュ(昇天)』・・この事件は、ムハンマドが夢うつつの状態で第七天(最上天界)まで飛翔した有名な出来事・・彼は愛馬ブルークに乗って、神の近くにまでたどり着く・・この天界への旅の最後の部分は天使ガブリエルに伴われ、ムハンマドは任務を果たす・・その途次、歴代の預言者たちに出会うが、最終地点で神の声を聞くことができた・・とされる」p28(3)

・神秘主義者の最終段階の修行が神が見えるのかどうか
「実際にムハンマドが第七天で神を直接見たのかどうか・・最終的にこの点は否定されている・・神秘主義者たちが修行の最終段階で『神人合一体験(ファナー)』するとき、神の顕現を実際に見るのかどうかが問題になる・・ムハンマドの例などからして、やはり実際に相見えるというよりは、それはあくまでも神の側からの『恩寵(おんちょう)』として授けられる可能性があるものとして解釈するのが良い・・」p28(8)

禁欲主義者から神秘主義者へ

・預言者ムハンマドを鑑にし理想を神道におく神秘主義者たち
「預言者ムハンマドを鑑にしながら、それを理想として神の道に邁進する神秘主義者たちは、おそらくイスラームの最初期からあまり多くなかったとしても、存在していたに違いない・・これらの人々は、神に愛されるために神を愛し、その目的を達成するために具体的にさまざまな方策を編み出した・・」p29(1)

・神に愛され、神に近づくための方策の第一段階はこの世を放棄すること
「第一段階はこの世を放棄すること、禁欲的にこの世を憎むことが、逆に神を愛する表現であると考えられた・・これまた世界中のさまざまな宗教において観察できる現象・・イスラームにはこの宗教独自の表現がある・・」p29(4)

・ムハンマドが亡くなり『正統カリフ』時代に入る
「イスラーム教徒の多数派スンナ派によれば、イスラームの誕生から四人のカリフの統治する時代まで、信者の共同体は理想的な状態・・実際は理想とは程遠い状況ではあったが、四代目カリフ(シーア派によれば、初代イマーム)、アリーが暗殺されると、信者共同体はイスラームの基本原則を守らない支配者たちが相次いでカリフの地位を占めることとなった・・ウマイヤ朝(661〜750)は、信者共同体の『退化』『堕落』の始まりであった・・この状況を背景にして、ウマイヤ朝カリフのようにイスラームの教えを厳密に守らない支配者が天国に入ることができるのか、大いに議論がなされた・・不正な支配者が権力を謳歌する状況の中で、真剣に神を求め、宗教的に清く美しく生きたいと願う人たちは、ますます社会からの逃避、隠遁(いんとん)生活を選択するようになった・・」p29(7)


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女性の心を癒す落ちつかせるパサージュ|女性の不安を取る励ますための実践的哲学

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女性は、知的欲求を磨くと、驚くほど、美しくなり、輝き、オーラが現れ、自己が確立して、生き方が変わっていきます。
その経験を、このパサージュ集を眺め見ることで、書物を一から読むよりも美的効果がありますので、ご期待くださいね。
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随時、更新させていきますので、ぜひご活用頂ければなと存じます。

 


 

  • この記事を書いた人

tak

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