女性の心を落ち着かせる言葉

心イライラ解消するオキシトシンでホルモンバランスを良くする|フロイトからラカンへのパサージュ

投稿日:2017年10月4日 更新日:

オキシトシンで心のイライラを解消し、心を癒す。フロイトからラカンへのパサージュ。

・フロイトの革命的発見の理解する
「われわれとフロイトを隔てているイデオロギー上の偏見のとてつもなく大きな空間を批判ならびに理論的な大変な努力のはてに横断していかなければならない・・単にフロイトの発見は・・本質から言って無縁である学問領域(生物学、心理学、社会学、哲学)に還元されてきただけではないからである。」フロイトとラカン;ルイ・アルチュセール p25(2)

・フロイト批判したアメリカ学派のパラドックスな貢献
「修正主義自身が、精神分析を対象にもし犠牲者にもしてきた驚くべきイデオロギー上の搾取に客観的に奉仕していたから。」p25(7)

・フロイト回帰の是非
「1、単に反動の側からフロイトを搾取するときのイデオロギー上の層を、粗雑な欺瞞として退けること。2、さらに、精神分析における修正主義の多義性、多かれ少なかれ科学的ないくつかの学問領域の威信によって支えられたもっと巧妙なそうした多義性のなかに陥るのを避けること。3、最後に、フロイトが使わねばならなかった諸々の概念のなかで、これらの概念とそうした概念によって考えられた内容とのあいだに存在する本当の認識論的関係を同定し定義するために、歴史的ー理論的批判の本格的な作業に身を捧げること。」p26(20)

・マルクス主義とフロイト主義
「われわれはイデオロギー上の搾取と理論上の修正主義の、明示的か暗黙的かを問わないカテゴリーに、レベルこそ違え、囚われたままだろう・・マルクス主義たちは、マルクスの思考が敵がどんなに歪んだ形を押しつけてきたかということを経験上知っているので、フロイトも彼なりに同じような運命を蒙って(こうむって)きたのかもしれないということを理解できるし、真正な『フロイトへの回帰』が理論上どんなに重要であるかということを理解することもできる。」p27(12)

・誕生のための予見された席
「19世紀のあいだに、思ってもみなかった子供が二人ないし三人、生まれている・・マルクス、ニーチェ、フロイトが。自然というのは風紀、良法、道徳そして処世術にそむくという意味では、彼らは『私生』(=『自然』)児であった。自然とは、規則の強姦、未婚の母のことであり・・合法的な父親の不在・・(西洋的理念)は、そのような父親のいない子供に高い代償を払わせることになる。」p29(1)

「マルクス、ニーチェ、フロイトは生き延びるために時にはむごいまでに高くついた感情を支払わなければならなかった。排除、弾劾、中傷、悲惨、飢え、死あるいは狂気として帳簿に記された値を支払わなければならなかったのである・・彼らが科学の、あるいは批判の誕生であるからこそ、彼らのことしか語らない。」p20(4)

・フロイトの孤独
「フロイトが貧困、誹謗そして迫害を味わったということ、当世のありとあらゆる中傷を解釈しつつ、それに耐えられるだけの芯の強さがあったということ・・彼の天才に見られる限界ならびに行き詰まりのいくつかとおそらく無関係ではない・・人間的な孤独のことではなく、理論上の孤独のことである。」p29(9)

・フロイト理論発見の苦難
「彼が実践の指定場所で毎日、見出すことになった異常な発見を思考したいと思ったとき・・その発見を抽象的な概念の厳密な体系という形式のもとで表現したいと思ったとき、たとえ理論上の先例を、理論における父親を自分のために探しても、そういうものをほとんど見つけられなかったからである。」p29(14)

・フロイトは理論を立てられなかった事実
「自分自身にたいしてみずから父親になること。みずからの発見を位置づけるための理論的な空間を職人としてみずからの手で構築すること。人間たちが眠っているときでさえ無意識は語っているからこそ、彼らから無言だと言われている無意識というあの冗漫な魚を盲目的な経験の深みのなかで捕まえるために、結び目のある大きな網を、あてずっぽうに右から左からでも取ってこられた借り物の糸で紡ぐこと。」p29(17)

・フロイト解釈をカント用語で
「フロイトは、同時代のエネルギー論的物理学・・当時支配的であった物理学・・同時代の経済学そして生物学から借りてきた輸入物の概念のなかでみずからの発見と実践を思考しなければならなかったのである。彼の背後に合法的な遺産はなかった・・一連の哲学上の概念(意識、前ー意識、無意識など)は別にして。」p30(2)

・祖先の恩恵を受けなかったフロイト
「どんな祖先であれ、祖先から遺贈された資金もまったくなかった。先駆者としてソフォクレス、シェイクスピア、モリエール、ゲーテといった作家ーー格言があるだけ・・理論的には、フロイトはひとりでみずからの事業を組み立てたのである。」p30(7)

・アルチュセールのフロイト要約
「1、ある実践(分析治療)。2、ある技術(治療方法)。この技術によって、理論的な様相をもつ抽象的な陳述が可能となる。3、このような実践および技術と関係するある理論。実践(1)、技術(2)、理論(3)が構成するこの有機的な総体(=集合)を通して、われわれはどんな科学領域にも見出される構造を思いかえすことができる。」p30(17)

・精神分析の理論なき実践
「技術(分析方法の規則)にまで踏み込んだとはいえ、理論をもたない、少なくとも本当の理論はもっていないような単なる実践にとどまっている・・精神分析の方から理論だと宣言されたものは、精神分析がみずからの実践の規則を反映するための盲目的な技術上の概念でしかない・・理論をもたない単なる実践・・魔術だということになりはしないか。どんな魔術もそうであるように、社会的な欲求ないしは需要が精神分析の唯一の根拠、本当の根拠ということになる。レヴィーストロースであれば、そうした魔術、そうした社会的な実践にされてしまった精神分析に関する理論をつくって、フロイトの祖先はシャーマンであると指摘しただろう。」p31(9)

・ラカンがフロイト理論を科学に
「一つの理論と一つの技術(方法)をもっており・・対象を特種な実践において認識し変換することが可能になるから・・構成されたいかなる真正な科学においてもそうであるように、実践は科学の絶対ではなく、理論的に従属した契機・・理論が方法(技術)になることによって、その固有な対象(無意識)にたいして理論的な接触(認識)ないしは実践的な接触(治療)をもつことができるような契機なのである。」p32(4)

・ラカンのフロイト回帰の本質
「フロイトに立ち帰ること・・源泉へと新たに回帰するのはなぜか・・フッサールがガリレオあるいはタレスに立ち帰ったように、一つの誕生をまさにその誕生において捉えるためにフロイトに立ち帰ったのではない・・純粋性というあの哲学的、宗教的な偏見を実現するためにフロイトに立ち帰ったのではない・・この純粋性というものは、陽光のもとにほとばしり出るどんな水もそうであるように、その誕生の瞬間そのもの、純粋な瞬間においてしか、非ー科学から科学への純粋な移行においてしか純粋ではないのである・・ラカンにとってこのような移行は純粋ではない・・不純である・・純粋性はこの移行のあとにやって来る・・『泥にまみれたままの』移行のなかにはない(過去という目には見えない泥のなかにはない・・泥は、生まれつつある水のなかで宙ぶらりんになっているだけに、透明であるような・・無垢であるような振りをするまでのこと)。」p33(8)

・フロイト回帰への本質的意味
「フロイトへの回帰とは、フロイトそのものにおいてはっきりと固定され、はっきりと据えられた理論への回帰、成熟し、省察され、支柱で支えられ、検証された理論への回帰、自分の住処を構築し、自分の方法を生産して自分の実践を産み落としてしまうほど生活(実践的な生活も含めて)のなかで十分に前進し、設定された理論への回帰を意味する。フロイトへの回帰はフロイトの誕生への回帰ではなく、彼の成熟への回帰・・フロイトの青春時代・・科学ーではなかったものから科学へのあの感動的な移行・・。」p33(16)

 

 

 

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tak

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