女性の心を落ち着かせる言葉

女性が悩むなかなか眠れない症状不眠症の改善|瞑想と熟睡のメカニズムのパサージュ

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女性が悩む不眠症。眠りが浅くてスッキリ眠れない症状を瞑想と熟睡のメカニズム

・季刊 no.3 1988.4 仏教

特集=宗教体験を見直す
『わが放浪 わが宗教遍歴 森敦 山折哲雄の対談』

ゼロ地点の恍惚(こうこつ)

森;「・・瑜伽(ゆが)ということを考えたことがぼくの根拠になっちゃった・・それは・・主観と客観が一体になるということ・・主観といったってここにあるものが客観じゃないんですから・・『観』じゃないんです・・こいつがぼくを見てくれなくなっちゃ困るわけです・・ぼくがこれを見ることによって主観というやつがある・・主観も客観もぼくの心の中にあるものであって、ただここに存在している物体が客観じゃないんです・・『観』じゃない、だから、これは相反する・・物体のほうからぼくを見たと思うことが主観だ・・ぼくのほうが今度は物体を見ようと思うと、物体のほうから見ようと思うのが客観で、自分のほうから物体を見ようというのが主観なんだから、どちらも方向を持っているということ・・主観でも客観でも『観』というものは方向を持った考え方なんです・・方向を持った考え方だから、ベクトルです・・そのベクトルが、主観と客観は反対を向いているわけです・・主観と客観、反対に向いているやつが同じ長さになって、しかも一直線上を外れればだめなんですが、一直線上にきちんときたらこれは0になっている・・これはベクトルのマイナスAプラスAが0になっているのとおんなじで0になる・・そういうことをまあ考えていた・・主観の極限は生、客観の極限は死ですから、そうなれば0は生死一如ということになる・・」p23上段(2)

・すべての象形は境界以外はありえない
森;「・・ぼくは境界というものを考える・・境界っていったい何だ・・一切の象形をつくるものは境界以外にない・・A=rというときAは円の境界になる・・境界とはこの=(イコール)のことなんだ・・そういうことを考えて、ぼくは山折さんの書物を二冊拝見いたしましたらわかった・・山折さんは境界を考えているんだと・・境界によって生じたところ、領域がずっーと一つになっていく過程を書こうと思ったら、すでに一つになっているものがずーっと二つに分かれていく・・そういうことを考えたんです・・」p23下段(15)

・主観と客観の境界は宗教体験の局所
山折;「・・森さんの境界を含む外部と境界を含まない内部というあの問題は、はっと思ったんです・・いま主観と客観という言葉が出ましたけれども、その境界という場所は宗教体験のほんとの局所だと思っています・・平安時代から中世にかけてたくさんの往生伝が書かれましたが、あの往生伝の中で、有名・無名の修行者たちが山に入っていろんな修行をして、最後に、極楽に往生するーそのためにいろいろなことをやっている・・死ぬため、往生するためにいろんな宗教的な瞑想や技術を開拓してきた・・その多くの修行者たちは、いろんなことをやったあとの最後の段階になって断食をやってるんですね・・おそらく自分の臨終の時期を悟った段階でその断食をやっている・・断食をやるまでは、やはり阿弥陀如来を観想したりして、これらの主観の方から客観としての如来の方を観想しているんですが、断食をする前後になると主観とか客観といった領域がパッと消えて何らわからないものが向こう側からこちら側に近付いてくる、そういう瞬間がくる・・これが、いま森さんが言われたようにベクトルがおそらく逆になった瞬間なんですね・・二つの方向が一体になった・・0の地点がそこにあらわれる・・」p24(1)

・宗教的体験は恍惚の体験
山折;「恍惚の体験とかエクスタシーの体験とかいうのがそれですかね・・」
森;「すべて恍惚です・・このごろずっーとぼくも考えてるんだ、おれはいつ死ぬのかなと・・おれはどうも死ぬような気がしないんですね、いつまでたっても・・ただ人がひとりひとりいなくなるという・・」
山折;「逝ぎていく・・」
森;「逝ぎていく・・それでもだれもいなくなった時・・われわれが存在しているのは所詮、近傍を領域としている・・そうすると、近傍がだんだん縮まってきて、ひとりひとりいなくなる・・縮まってきて0になったその瞬間はあるだろうと思う・・その瞬間におれはどうするのか・・西行法師のように『花の下にて春死なむ』とするか・・あれは、危ない死ですね・・・・」

山折;「西行というのは・・自分の0の地点がいつくるのかということがきちんとわかっていた人だと思いますね・・」
森;「また間違ったらいかんと必死の努力をしている・・死ぬということは必死の努力なんです・・おれは死ぬんじゃなくてみんながいなくなっていく、ひとりひとり逝ぎていくなあという気がしている・・一人一人が逝ぎて減っていっておるんですよ・・ぼくの近傍というものはだんだん縮まっているわけです・・あんまり縮まったら一点しかない・・0です・・」
山折;「宮沢賢治が『宇宙の微塵になる』といったときの微塵についての直観が、ひょっとするとそれが非常に似ているかもしれませんね・・」

近傍論で世界を説く

・境界線と内部と外部
森;「ぼくはずっと近傍ということについて考えています・・境界線がこの領域についておれば、これを外部という・・境界線がついていないものはない・・円を描きます・・円でなくたっていいんです・・どんな形でもいい、ひもが結んであるように閉じていれば・・これが境界についているほうが外部・・」
山折;「・・境界がついているほうを内部といってもいいのではないかとちょっと思うんですが、それはそうじゃいけないわけですか・・」
森;「いけないんです・・何でいけないかというと、近傍にならない・・近傍というものは、至るところが中心点になれるものでなくてはならない・・それには境界がついていてはいけない・・それで空間が違うんですよ・・」
山折;「内部というのは至るところが中心点を持っているということですね・・」
森;「ええ・・内部をどこに私が歩きましても、これが中心だという杖を立てていえば中心になってくれるものが内部なんです・・それを近傍というんです・・そのどこでも中心になれる中心をアルキメデスの足という・・そこでも杖を持って歩いたら、いつも近傍の中心を杖を持って歩いているわけです・・どうしても内部というものは境界線があるといけない・・」
山折;「ヨーロッパのジョルダーノ・ブルーノという哲学者が、宇宙というのは、どこにも中心があってどこにも円周がない円だ、という言い方をしておりますが、それはまさにそれですね・・新プラトン学派や神秘主義者が魔術や占星術などの著者に擬したのにヘルメス・トリスメギトスという架空の人物がいますが、この人が、そういう、どこにも中心があって、しかし円周がどこにもないような円のことを、神だといっているという話があります・・」
森;「それです・・近傍です・・いろんな一筆描き、位相幾何学が発達してから近傍というのが、問題になってきた・・ぼくの記憶ではハイネボレルという人が初めてやった・・とにかく一筆でかく、メビウスの輪とか・・」

・瞑想と外部と内部の同一化
森;「・・だんだん内部と外部が融合してくる・・融合してしまったものからどうしたら離れた形になってくるのか、それをぼくは山折さんの作品で非常に教えられましたよ・・違っていくと思うんです・・」
山折;「・・きょうは密教のお話が出ていますが、空海の瞑想、宗教体験の考え方の基本に、瞑想しているうちに大日如来と自分とが一緒になるということがあって、それを空海は入我我入といっています・・仏が我に入り、我が仏に入るということですね・・そういうものと、たとえば親鸞の浄土真宗の考え方はまるで違うんだという常識があるわけですが・・」
森;「ところが、おんなじだと思う・・」
山折;「私も同じだと思うんですね・・親鸞のいっている他力というのがまさに空海の場合の大日如来に当たるものなのであって、何か得体の知れない大きな力(=他力)がぐーっと自分の方に近付いてくる・・それにすぅっと吸い込まれてしまう、そういう感覚というのはとても普遍的なものと思うんですね・・宗派的な教養レベルで分析すると別々のものとして分けられてしまうけれども、体験レベルで比較すると空海の入我我入体験も親鸞の他力体験もそんなに質的にへだたったものではないと思うんです・・」
森;「それは儒教でもみんなそうです・・孔子なんか、なぜ音楽を尊ぶか・・『般若心経』をわれわれが読んでも、一番最後は『掲諦掲諦波羅掲諦・・』大合唱ですから・・大交響楽でずーっとやって、いちばん最後に合唱がきますね、『歓喜の歌』が・・あれが『掲諦掲諦』です・・」ただぼくが思っているのに、今度『われ逝くもののごとく』を書く時にーどうしてもその人がそれではないかと思われるような講演をして歩く先生がいる・・

 


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女性の心を癒す落ちつかせるパサージュ|女性の不安を取る励ますための実践的哲学

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本サイトパサージュ集

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女性が自立して生きるための美学|心理学ラカンで真理を知る女性の生き方を哲学のパサージュ

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  • この記事を書いた人

tak

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