女性、心、うつ病

女性が美しくなれる生き方とはパロールを抑えエクリチュールから沈黙へと導く。

投稿日:2018年9月30日 更新日:

女性が美しくなれるには、パロールからエクリチュールで言語を沈黙にする実践

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女性が美しくなるのかどうかには、世界をどのように見て、どのように生きるのかなどというぐらい大きなテーゼ(命題)にかかわり、これは女性を主体的な存在として華をもたせ、そこには哲学の本質の真理により、なされる実践です。
女性が美しくなれるかどうかの美しさというのは、定義づけがこれだけマスメディアや学問的な科学の実証が進んでいる今日においても、まだできあがる気配もありません。

女性が美しくなるのかは、生き方という明示的な論理性ではけっして言語表現はできないもので、あなたにとって美しさという省察はこれまで生きてきた時間経過でも一度もやってきたことはありません。
人間が生きているだけで、尊く、生の源のちからのおかげなどと、一見わかりやすく禅的な東洋の曖昧であっても真理をついているような教義、それが説かれたような言語表現においても、それはほとんどあなたの脳のなかに適切な入力系(ひとをひとにするインプットの運動)に届くことのない微かなものとなっているのです。

なぜ、生をそのままにするだけでは、美しさは成り立たないのかは、あなたが生きているところには、世界という恣意的な(しいてきな)領域があって、その世界をつくったのは自然発生ではなく、むしろ自然界を拒否し、強い否定をして、人間を崇高にするために自然をアンチとして論理的にパロールされていく西洋の論理性からきているからであります。

世界というところにあなたは生き、世界の観念に合わせるようにできあがった慣例や常識に世界の一員となるための目的で生きるという本質がそこにすり替わってしまうような西洋からの論理性がすべてであると脳はそれなりに理解しています。
こころの内奥にまで浸透するようにそれはほんとうにそうだよねと、信ぴょう性にまで達していないのに、それが世界なのだと理解する以外の選択がないのはどうしてなのでしょうか。

それは、世界が成り立つには、そこに世界中同じかたちで理解させるための定義づけが歴史的にあるというものです。
あなたはいまという時間の断片的にとらえたのなら、いまに意味を与えるには、なにが必要なのかというと絶対に変化しない法則がだれに伝達しても理解させるようにしなければいけません。

これは歴史的事実を知るためにも、現在のいまはいまを定義づけしているのではなく、いまという時間はいままでの時間のつながりがあるというようにしておいて、いまを理解していくのです。

あなたが日々のことですこし疲れ、これから先の将来について自信がなくなった心情では、自分なりに前向きになろうとして、どのようなこころに刺激をあたえるのかというと、いまというところになんらかの希望をもつような意識を高めていきます。
それはいまという時間を大切にするというのは、だれもが否定することができない思惟の言語表現であるように思われるのが、長年の歴史的作用が観念になった西洋が生んだ、かならず答えはひとつにしなければならないという論理性の発達です。

*女性の美は中間という非論理性から立ち上がる

世界は、西洋の数学的な結論をひとつにする数量による導きが正解だとされているのであり、世界にあなたが生きようと思うのであれば、その正解を探しださないといけないこと、それがあなたにとって痛烈に重荷になっています。
皮肉なことに、この論理性の重荷が、女性の美の欲動を抑制し、美しさの定義づけどころか、そのような内面での運動を感じとるという感性をもなくしていくので、女性から美しさというのはなくなっていきます。

なんどもわたり歩いていかなければならないのが、生という論理性が介在しない異空での真空の空間であります。
女性が美しくなるためには、こうした生を生のままにして、自然破壊と自然再生という交互作用のエロティシズムによって運動がなされていることも知っていかないといけなくなります。

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女性はそういった内面的な運動を感じとる感性はだれもが持っているのに、西洋から発達した物事を弁証法という帰納法によって、ひとつのカテゴリーのなかにある事象が共通するものを集めると、それが数学で習った証明という数学的原理となって、それは正解という結果をもちます。
ほんとうは、そうでない事象を集めると共通でない集まりができて、それは誤りというような見方の証明もできるのですが、そこにあなたはこれまでの教育の場所でその証明についての真偽を見つめたことはありません。
証明においては、正しい論理性を証明するためにあるので、諸事象を集めて帰納法にしてひきだすのは正しいという方向からの見方だけであるのです。

*大きな組織では正しいを証明し、小さな単体の個人では誤りを証明している
このエクリチュールでは、女性の美について、どうやって定義づけるのかを説いていく文脈ですが、世の中の定説には常に正しいと間違いの二面性をもたされています。そのような規定はいつのころからそうなっているのかというと、世界が創出された紀元前からで、それを理論的にまとめたのが信仰という宗教性で、その代表となった信仰は白人が作り出したキリスト教であります。
キリスト教は世界中に白人が普及運動を起こし、広めていった旧約聖書が信仰の概念で新約聖書は創出者であるイエスキリストが生きたもろもろのエピソードが書かれています。この教典が外部性と概念の軸となり、人びとにわかりやすく、教典は書物ですので、手に取れるものだから、理解されやすくなって、世界中に広まったのです。現代であるいまとイエスキリストが生まれたころの時代背景は確実に違っていますが、当時は人間は人間であるという認識はとても少なく、生というものも不確かなものであって、苦悩や不安が民衆のなかにあり、それを知った支配層は信仰を武器に民衆の意思を支配層側の権威に持ち込むことができるようになりました。当時はそんなことを哲学的な差異をいれるなどはタブー(禁忌、きんき)でしたし、当時の民衆はそんなことまで導くことができる思考もありませんでしたが、それは当時の世の中には機能していたのです。
そこで発達したのが思想上での正しいと間違いの二面性でありまして、それが思考の運動の独自性は抑制されているのがあなたという個人で生を享受して生を遂行するという揺るぎないものと、相反するように全体性を人間が人工的に、しかも特定の人間の自分たちが優位に立つための権威のために作られた恣意的な絶対性が、信仰には内在しているのです。
こうした二面性を、今日の現代が終焉し、あなたという個人が権威の上での世界というものに終止符を打ち、これからなにもかもをふりきって、自立していこうとする契機(けいき)に、そんな思考を抑制してしまう信仰を残していていいのだろうかという強くて、振幅のあるテーゼ(命題)が女性のこころの疲れと不安を取るための実践的哲学の空間が立ち上がったきっかけであります。

女性はそのままでいても、とても可愛く、すべてをゆるしてしまえそうな母性があるのが、女性の魅力であるというのは、世界を形成する論理性からはそんな正解はもっていないとしていると、それは女性のためにならず、女性の美しさの定義づけにはならないというわけです。

西洋から生まれた世界には、男性がいて女性がいるというわかり合える思惟の次元で断層をつくるので、女性は前提として男性が先行していなければいけないことに論理性はつくっていますので、単独で女性を主体にするには世界のなかでは不可能だとされてしまいます。

この規定はルールという人工的に人間の恣意性が内蔵されている誤認識で、ほんとうはあなたに降りかかるものでも、行動や思考の運動を停止してまで制約がかかるものではなく、真実性はまったくありませんが、西洋から生まれた理論性がそのように見せてきます。
女性の内部構造に構成部分の主体となっている大脳皮質というすべての物事をひとつのくくり付けにしてしまう連合、その部分を連合野といいますが、それ以外の構造が女性の生をそのままの衝動として、生に意思をもたせてくれる中脳、小脳、脳幹の無意識的な神経系のネットワークはそんな論理性を否定できています。

準備ができ、論理性を否定できるさらなる感覚的な論理性が生まれるとしたら、あなたはそのようなからだとこころをもち、生きているだけでノーベル賞を獲得できるぐらいに地球上の全領域に真なる善と悪を超えた至高性なるエロティシズムが完了されると思われます。

そのような女性のからだとこころが求めている真実に近づける経路はこの世界には残されていないのでしょうか?
あなたはいまのところ、からだとこころの無での反応に応答したことはありません。あなたは自分の内面から発揮され、それが悦楽(えつらく)に変換されていく生物的構造が生み出す本質も知りません。
そんなことまで、感性豊かな女性がまだ体感していない感覚的要素をこの文脈では、どうして言いきれることができるのでしょうか。

それは、実践的哲学が神に創出されたとされる人間をその威力や、精力、神力などを弱めることに成功し、人間であるのが恣意性が内在して、虚像だったところまで、思考は最高点にまで到達されてきたからです。

パロールを抑制し、そこから反転されるエクリチュールが女性の想像力を潜在性の最高値まで促通する。そこを感じとり、女性が自己の知覚で捺印すれば、体感されていない悦楽までが内面で表象となっていく。

エクリチュールを構成すると、女性がもっている想像性は最大となりますが、その前段階で必要な実践が、パロールを最小限にすることです。
あなたが現実社会で生きていると、これらの言語(用語)に慣れ親しむ機会はありませんし、これらは哲学の領域で西洋で使用されてきた言語で、これらを丁寧に本サイトはもう一度取りだし、現代に合わせ、言語の意味生成が導きだす方向性を社会からの発信ではなく、言語を生の状態に実践的哲学から抑制し、言語が発祥したときぐらいに沈黙に限りなく近い様態にして、活用します。

言語には、西洋哲学で何度も懐疑し、省察してきて言語学、記号学、宗教学、人類学などから哲学性をあたえられ、言語を最終地点にまで脱構築されたのが、パロールとエクリチュールという二つの言語様式です。

あなたが日常で使用する言語には、発話、発声をともなうあなたの目の前にいる他者や大勢のひとの前で話をするなら複数の他者に話すという行為によって伝えます。言語は対象相手に言語を音声に変換し聴覚神経に伝達して、内面への空洞に入っていきますが、これがパロールといいます。

パロールは本サイトでは、話し言葉と表記し、音声を介しての表現として、これは言語学からの哲学性から、西洋が古代ギリシアで発達した弁論術や弁証法、そして前述している理論性というイデオロギー(観念の体系化)に由来している権威の起源になるという見方です。

つまり、あなたがパロールするには、かならず対象相手が必要となり、それはいまという時間を対象相手はあなたのために自己のあらゆる内部運動を抑制して、話を聞かなければいけません。
それがうわの空で聞いていても、パロールするのは同時には起こすことができず、パロールを実行するには、それがどれだけ大勢いたとしてもそこにいるすべてのひとが自己の内部をパロールする主体に捧げないといけなくなります。

古代ギリシアでは、現代にも通用する哲学からの理論性を生みましたが、起源という言語が意味生成する顕在を減弱してみますと、それらはパロールの脅威がそのまま全面に立つのはひとりのパロールする支配層で、それを聞いている対象相手は自己を失っているのに気づかずに、ひとりのパロールに意識が向かっていく構造を作ってしまい、そこから長い歴史的経験をつみ、19世紀に発展したソ連邦の共産主義体制にも、弁論術や弁証法が採用され、その影響で多くのひとが殺害されたり、革命のために負傷者、死者を生むという帰結にいたったのでした。

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パロールに哲学を導入できたのは、歴史的事実がとても多く書物という文献で残されている西洋哲学のおかげであるのは、反証的にも、古代ギリシアの弁論術や弁証法が生んだ発展からになり、それがエクリチュールよりもパロールに発展したのは自然発生ではなく、恣意的なことなのです。

古代ギリシアの崇高な感性豊かな哲学者たちは、自然と対峙し、貴族と奴隷がかんぜんに区別されていて、奴隷が食物を作るために生産性をあげていたので、貴族は哲学に集中でき、古代ギリシアの哲学はおおいに発達し、それが現代を超えてでも通用できる哲学なのです。
パロールが発達したのは恣意的な自己顕示欲からの諸要素が大半ですが、それとは別にそうなったことの必然性は、印刷技術が発展していなかったので、活字に残すには困難でありましたし、紙もまだ加工される技術的な準備もないという時代的背景もかかわり合いを見せてきます。

古代ギリシアに生きていた人びとは、一部の支配層が大勢の前でパロールをし、それを黙って聞いているというシチュエーションが頻繁になったのです。
古代ギリシアのソクラテス、プラトン、アリストテレスなどの著名な哲学者の書物が再考され、書物となったのは、啓蒙時代などの中世の後半からだったので、古代ギリシアが開始された古典時代から中世までの300年近く、エクリチュールよりもパロールが優勢の時代の機能性だと理解することができます。

この事象を実践的哲学を念頭におき、追いかけていくと、あなたが生きているこの世界の起源は、パロールで他者を説得するのが基本的な行為であるとあなたの脳は認識していると余地できます。
パロールは古代ギリシアから19世紀のソ連邦を中心に動態となった社会制度の見直しと哲学の導入を社会に内在させようとして大きな誤診になってしまったことまでが、パロールの影響であると言えるのです。

このパロールを抑制すると、自然発生であらわれてくるのが、ひとの表現のもう一つの形式である脳の神経系の運動作用である入力系と出力系での交流で行なわれるのはエクリチュールという形式です。
このエクリチュールは古代ギリシアから19世紀までの世界の展開ではずっと抑制されてきました。

あなたがいまでも書物を読みたくてもなかなか読むことができないと思われてるのも、この人間という想起してきた歴史的背景があなたに脳の認識される細胞の神経系の連合に規定としてメモリーされているからなのです。

パロールが優勢で主軸をなした世界の起源と、その世界のルール(因果律)に従い発展したと教典は規定したことは、あなたの脳の認識でぐらつき、揺れが、雑念となって、エクリチュールに親しもうとし精神性を磨こうとしていると、パロールの威力がやかましく、騒ぎだしてくるのです。

パロールの威力は、脳の構造的機能性にも適応しており、視覚(目から入る情報)や聴覚(耳から入る情報)は脳の大脳皮質という物事を意識して理解するという認識に入力され、理解する錯覚を作り出せます。
世界がまだ未熟で、貴族と奴隷がかんぜんに区別され、現在のマーケットのように製造業(メーカー)のような企業の当然なく、人びとは生きることと、限られた思惟(しい)はいまよりも自然の運動にとてもちかく、淡々と生きていくことができたような推測ができるのです。

パロールは脳の中枢部から高次脳という大脳皮質の領野で収束し、理解する錯覚ができるのは、大きな情報を扱えるのが視覚や聴覚。そしてこれらの感覚器は外界から入ってきた情報を高速に処理する機能があって、そのおかげでゆっくりと伝わる感覚器よりも情報が脳のなかで完了したというような認識になるのも無理もなく、それが理解しているという錯覚につながってるのだと理解できます。

これは日常的にもよく起こる出来事で、目で見たなんらかのスケジュールが理解していた時間や日時とは違っていたという経験がおありであると思われます。
いわゆる、勘違いという誤認識ですが、それは外界をとらえる経路を視覚や聴覚から入力されてきた情報に感性がかたよっているからなのです。

これは、脳のなかで制御されるバランスからそのように脳の学習機能が起動したためで、情報が高速であるというところが脳の神経系が求めてしまうシステムになると、視覚や聴覚以外の95%の感覚を保有するからだからの感覚情報である体性感覚が抑制されるのです。

この体性感覚は、実践的哲学では主軸になる感覚の領域で、哲学をすると視覚や聴覚を抑制し、からだの感覚の流動に意識を向けるようにしていき、その意識は意識のなかでも無意識という無の運動です。

実践的哲学は、無を求めるために、世の中に広がってる全体性を保存している有を実態のある運動を与えてそれらを運動として動かして、塊になっていたものを外延から緩め、有を見えているところから除去するのです。
有というのは文脈からしてもパロールという要素になります。

パロールは視覚や聴覚から入ってきて、脳のいたるところの細胞には到達しないですぐに脳のなかで神経線維は交差し、左右逆の情報となり、それによって保存され、大脳皮質に入り、早急な理解を作ります。

このエクリチュールを展開していくことによって、男性がいなくても女性がいるだけで、美しさというのは成立します。
この世界において生きることを強制されるのを受け入れているがために、世界の論理性から脱却するのは人間としておかしいものとしている論理性があるのが、二面性というテーゼとアンチテーゼという論理性の発展させた強い論理性からの帰結に導く方法である弁証法です。

そんな世界に女性が生きなければいいという原則は、世界にとっては非論理性であり、世界が求めるのは論理性であることとの相反が不正解をつくるだけであって、あなたが女性として美しさを知り、生きることは、ほんとうはだれからも強いられているのではありません。

女性が美しくなると説いてしまうと、西洋がつくった世界にはその正解がなさそうだし、そんなところで正解を求めるのは、女性がもともとの身分が与えられていない時代へと回帰されていくので、そのようにやる価値のない選択であります。
女性には秘められた美しさがありますが、これは論理性を抑制して、非論理性にすれば、あなたはこの世界で属する論理性がなくなっていけるようになって、あなたはそこからようやく美しさという生の流動に出会えます。

物事を考えるという運動を思考といいますが、この思考には外界とかかわる前にあなたの内面での運動というものが全身において何周もの反復された運動が行なわれます。

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この記事のライター

感覚で身体を変化させるスキルを持つパーソナルトレーナーtak

パーソナルトレーナー歴;21年
運動しないで美しくなれる方法を研究
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運動しなくても美しさが保てるように、皮膚接触で脳を修正し、免疫、循環から変化させるパーソナルトレーニングを実践。
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