女性、心、うつ病

女性心の疲れとうつの症状の改善を促すには?|言語の力を軽くしていく。

投稿日:2017年10月2日 更新日:

心の疲れとうつの症状。うつ病までに知っておく言葉の力。

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心が晴れない日々が続いてるのに、女性は日常的多忙さに心の不安定な違和感を抑制するように代償していることが多いです。
それを女性は自身の知覚は欲望との連鎖幼い頃解除してしまっていて、心が疲れが溜まってると訴えてくれているシグナルを見つけられないのです。

あなたは心がどこかにあると思っています。
そして、心は美しく、心は潔白でありたいとも思っていて、心が本当にあるのかどうかよりも、心があるということを認めています。
心をあなたは見た経験がありますか?
この問いを入れると、あなたは少し困ったかのように、見たことがないと言ってくれるか、困ったままそんな問いをされてもよく分からないと発し、問いがなかったように対応してしまう女性もいます。

実態としての心は存在しておらず、心を知っているのは存在としての認識からあることにしているのです。
でも、通説として心が汚れている女性にはなりたくないのが、心があるのとないのとを非関係にしても、本音であるでしょう。

心は存在はありませんが、知覚の次元にはちゃんと心はあります。
それは知覚の階層で器官が一つのなるように外延から何重にも包み込むようにされた中心に向かっていく襞が心の領域です。
この領域を心象と記述されます。
心象は外部に広がる世界というものを、スクリーンの整合させる映画のように投影させるものであります。
しかし、あなたが見えている世界はますます不安から逃避するために日常的に課した多忙さで、あなたの心象は意識の世界に繁忙され、そこに観念による認識が色彩でいえば褐色系の色合いをのせ、心は疲れで黒色の霧に包まれているのに、それでさえ分からなくなっています。

心の疲れを最初に感じ取ったとき、幼い頃に置いてきた社会的な子供という未熟性で扱われ、その不快感は今もなお心の表象を素直にしないで、あなたに知らせるのは、「もう大人なんだから、しっかりするのが当然だよ。」と無言の知覚と何者かの語られ黙らされている欲求の生の痕跡はシニフィアンとされ、あなたの現実から幻想へと引率しているのです。
ここで聞きなれないシニフィアンという表記をいたしましたが、シニフィアンとは記号学の表現で意味付けるものという形相(イデア)です。
心の疲れとうつ症状やそこから発展した新しい第三の世界に身動きの取れないまま非運動となっているうつ病という病理まで、このシニフィアンという外部性または自己を他者とされて生を奪われていくという構造を理解しなければならないのです。

心の疲れとそれが沈殿され、疲れが慢性化する倦怠感は身体に連鎖していく心身症とあなたが生きることの活動はあなた自身が行なうのが基盤ですが、この構造上の秩序の反して、新しい世界を作ってしまうのがうつ病であり、心の疲れとうつ病の双方は違っているのです。

心の疲れが蓄積されてうつになるわけではない。しかしうつ病の初期症状は心の疲れから起点となる。

心の疲れが溜まって心が閉鎖的になり、そこを神経系はすべての機能を抑制して起源であるシニフィアン知覚欲望との間にピン留めをし、欲求である神経系の運動に固定を与え、即席的に対極である華やかさ、明るさ、楽観的さを自己を外部から見ているあなたが他者になったかのように見ようとします。
この視野の神経系の抑制パターンというのは、今日まで心が疲れたとあなたを見守るシニフィアンはそのつど、知覚と欲望の間に立ちはだかる作業を進めていきます。

これはどういうことかというと、心に疲れが溜まったと神経系が感じると、シニフィアンが作動するのですが、心という異空間心という表記が前提となっています。心というものは言語がそのように心がそこにあるという存在を作っているのです。
非存在で、心をあなたは実態として持っているわけではありません。
心をあなたが知っているのは、表象という知覚の段階的作用の感覚だけであるのです。
表象というのは、知覚の綜合で、感覚的なものです。
表象はあなたが外部の現前された見えている広がりにいっさい関わりません。
でも、あなたの心は外部の世界というものを前提にして作っておいて、それを見ることであなたは心という存在を思っています。そこに心があると信じています。

心は外部の世界にまで浸食することはないのです。
もしそうなっているなら、それは心を問い、心が疲れを作っているとそのようにして心らしきところに感じる倦怠感やイライラ、空虚感などの不快感は、あなたが感じる間もなく心は見る方向をあるところに変容させます。
その場所というのは、あなたが手が届かないところ、無意識の範疇でそこは他者が立ち入っているあなたを見るところに心を存在させていたのです。

心の疲れから発生する抑圧は明らかに不快感です。
そして知覚と欲望の遮断がシニフィアンとし、心にも存在を通じて心という意味付けを行ないました。
この現象は処理と言えます。
心の不快感を素早く棄て去るように心の負荷を処理することを学習しました。

そうしなければ生きていけないと、あなたという有機体の器官の連合された世界を見る目は、観念なく生きる衝動に合わせ、ズレたままの超越論で仕方がなく生きることを選んでいきます。
この段階は、あなたにとって不必要な選択で、もはや選択ともいえない強いられた受動性であり、生きる喜びはなく、この生きている時間を観念によって世界と意味付けされたものとなっていくのです。

心に疲れが溜まると、今現象を追いかけてきたように現実だと思い込むところの世界という観念が強くなるところで制御がかかります。
このままでも生きていくことはできますが、今という世界にこだわりが生まれ、あなたは一度決めた世界というものの性質を変えないようにと、恐怖閾値が低くなって、今を守りたいと欲します。
そして、あなたのなかで生命体が運動を起こすことから立たせた秩序ではなく、今の世界を固め、揺れ動くことがないようにとする観念の連合から世界を固定していき、あなたは特定の分野の対象、同期、同級生、同性としか付き合わなくなります。
定期的に慣例となったそれらの対象と会うことを決定された儀式を遂行し、そこに自分を変えなくて済むように、観念での秩序を作り上げていくのです。
心の疲れは始めの起点はあなたのなかでは見つからないのです。
一応は今までの世界ーつまり現実を現実だと思っている世界ーこれを象徴界といいますが、そこの世界で生きていくのは変わりありませんが、同じ世界ですが、象徴界の原理を延長し、生きていきます。
これが、心の疲れが慢性化する症状として現れます。
心が疲れたと、あなたは現実のさまざまな労務を真面目に実行し、とても頑張っていて、それらをミスのないように、きっちりを行ってることでしょう。
ミスをしないようにと記述しましたが、その意味付けというのは、過去に積み上げてきた、知覚と欲望の切断がそのような完璧主義を生んでいます。
つまり、知覚は欲望という構造から生まれていくのですが、あなたが生きてきた象徴界という世界では、あなたを育てる際、西洋から輸入された心理学を基調にして、親はあなたを育ててきました。
この事実を親に言っても、仕方がなく、親はそんなつもりであなたを育てたわけではありません。
今、こうしてエクリチュールという記述形式で、一つの事象について着実に、密接に追いかけていけているのは、エクリチュールの構造が生む器官の形態性と実践的哲学という新しい日常的に活用できる哲学があるからです。
あなたを育てた親はこうした実践的哲学を実践してはいないので、西洋の心理学が心を支配していたかどうかは、反応してくることはありえないのです。

あなた自身が、この心理学的支配の事実に気づいて親に問うことはもはやできません。
その頃というのは、今を起点にするといつのことの話になるでしょうか?
それは、今よりも過去の時間空間であり、こうして問いかけることで時間は次の機会に送り出されているので、時間は過去の過去という二重性が抱えられ、省みれません。
これを、問うことは、心の疲れやそこからうつ病の症状が発症する空想の他者が存在する外部性を強調することとなっていきます。
その細部は、実践的哲学により固められた価値意識を入力システムという入力される刺激が思考に運動を与えれば、親があなたに対してどのように接してきたのはが見えてくるでしょう。
そして、始めは不快感が生まれ、自分では背負えないぐらいに感じることもありますが、そうした揺れ動く根本的な動く感覚は知覚の運動となるのですが、それがそのうち快楽となり、あなたの生きることをあなたが生を決意した今からを華やかなにさせてくれるのです。

あなたの内部運動を実践的哲学であなたが固定してきた価値観を解体し、ドロドロになった血液とともに、動脈と静脈の隔離もなくなり、解体するまでのあなたの生きることの痕跡をメモリーする中央のサーバーの状態は、血圧を上げる一つの方向性しか示してきませんでした。
あなたは、その感覚が生きること、生きていること、生きていくことの起源だとずっと思ってきていて、血圧をただひたすらに上げるところに究極な出発点らしき誤の知覚、超越した開始点らしき道徳観が、あなたの今までの生を支えてきたのです。
しかし、それらには足元のない非生物の偶有、大地の硬さのない非物理なクッションである取り憑かれそうな笑いのない娯楽性が、あなたに自己喪失の現実を突きつけていました。

ここにきて、同一化されていたあなたの生命、身体、精神、生きること、生と死、性的欲求、エロティシズムなどを見直すことが可能となっているのです。
これらを整理するためには、実践的哲学が必須でありますが、本当は複雑化されている内部表象は断絶し、寸断し、選択できるように細分化できるのではなく、全の方向に向かっていってしまう抑制脱興奮作用が止めれません。

あなたの身体、精神、それらを繋ぎあわせる動線は神経線維の集合体といい神経系と呼ぶのですが、その機能性を考慮すると、今あなたが見えているような外部性の見方となるのは、本来はあり得ません。
あり得ないというと、正常ではなく異常なことなのかと、そう思いたくなりますが、そうではなく、もしあなたに適切な神経系の運動が行われているなら、世の中の見方というのは、もっと心地よい拡がりであると感じ取れるはずなのです。

でも、あなたは周囲にいる他者と同じ性質を本質から逸脱された化合物体となっており、神経系の働きは、選択するという機能よりも、同化する抑制機能の方が強くなってしまっています。
神経系が適切に運動を起こしているなら、選択性が生まれ、選択するという運動には、最大限での外延が知覚の要素に入力されることが必要ですし、知覚の根底の脳幹といわれるあなたがこの世に誕生するまでに母胎で育ってきた初期の発達した細胞ですが、そこで自然発生する覚醒というホルモンが必要です。

外部性の領域の外枠の微分された拡がりの体積を外延といい、知覚はそれが諸要素となって選択性を作り出していく。

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心の疲れには知覚の運動を。うつ症状には、認識を無にする入力を。うつ病には世界の縮小をモナドから。

今回のエクリチュールには、テーゼとして、女性の身体の構造と形態、現実生活をされて発生した心の疲れ、うつ症状、新しい世界の構築で生きることを拒否する現象のうつ病を挙げさせています。
これらの現象は、女性の大半が症状として隠し持っており、多少の時代背景も関わり、美意識を追求しなければならない世間的他者の関連が、女性の心的症状を表現できずに生きなければならないのです。

あなたが疲れを感じたときに、どのような作業をしていると思われますか?
これは、反知性の思考が停止している反応を示すことになりますが、多くの場合、心的な病気の心配もあって、心の疲れに対して発生原因探しています。
この原因探しは、見方によっては、または女性は自分の知性のなさに向かう自信不信からのリビドーが、因果律という方程式なのです。
方程式というのは、学校の授業で習った基礎数学の項目です。
必ず、割り切れる数字(数量)を生むというのが、方程式の成果ですが、これは数学という学問、つまり数字という世界(偶像なもの)だけに留まる理論であります。
あなたが生きているところ、これから実践的哲学をあなた自身で実践してみずからが掴み取る幸福感充足感に満たされた自分だけの空間には、その数学と数字の世界というものは、非理論であり、非概念となります。
数学の学問での公式である方程式は、心という運動を非規則的に飛び回る知覚の本質でさえも、あなたの心はあなたの心でしかない所有権まで見失い、答えが出る因果に結び取られていくのです。
それが、心の疲れをうつ症状に発展させていく所以であり、心の疲れは仕事のストレスや仕事での人間関係という社会が設定した環境と言われる世界に温存させる意図が含まれています。
心には知覚作用があり、知覚は絶えず外部の状態を感じ取っては、自己保存の運動性に置き換え、あなたの生きることに対するイメージやモチーフを新しくし、更新し続けてくれています。

心はあくまでも言語介入による共有性が象徴とされている非物質で、あなたから見たら、心はマテリアリズムのような物質のように見せるレトリックによる変容作用から物体のまま温存させるものと同化されています。
心はあなたから見たら、形があると思われるのですが、そこに目を奪われると、とんでもなく膨らんだ因果律は、あらゆる物質のように見せられた物体が膨大な形相となっています。
心の疲れを楽にするには、心がこの現実には存在しないことから介入すべきでありますが、コアな実践的哲学を反復しなければ見えてこないものです。

しかし、心がこの世に、あなたのなかで存在している限り、実践的哲学では言語に入力していく入り口から入る形式を取っています。
これを言語を記号学の表記に脱構築すると、パターン・インといった、そのまま今のままの形相を残存し、そのまま模倣させるように入っていくことで、あなたの内部運動が鏡像作用を起こすように持っていきます。


本サイトのご説明をいたします。
美意識には、刺激として入力が必要だと申し上げました。
そして、入力には自分で刺激を用意しては、予期しないことでないため、それでは入力系にはならないとお伝えしました。

それを容易に叶えるのが本サイトであります。
本サイトは、女性であるあなた自身が今よりも充実感や幸福感を高め、日々が満たされるよう、そのお手伝いをさせて頂くことがビジョンです。
そのための入力を反復して頂くことが充実感や幸福感、美意識による生き方の変更、日々感じておられる仕事や人間関係などの疲れ、心に限らず身体に感じるイライラ、倦怠感、憂鬱な気持ちにも対応できるようになっています。

入力を促すには、本サイトが無料でお読み頂ける実践的哲学で構成された記事をお読みください。
これは、本来の普遍的傾向でしたら、無料でお読み頂く記事を無料にはしないほどの内容と質と量が伴っており、この記事が有料となるのですが、入力は自由にやって頂く方が適切だと考え、生の哲学を現代に合った文体で読むことができます。
これが、始原的な入力となり、何度も読んで頂きますと、入力の神経系は解放され、そのうちあなたの内部運動が持つ制御が生まれ、発散から収束され、あなたの思考の資材となります。

そこからより個別的に自分磨き、または疲れがなかなか取れない、孤独感があって、一人で過ごすことは不安や焦りが出てくる感覚がある方は、一歩進んで個別的実践的哲学に導入することをお勧めいたします。

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本記事への質問し放題、月二回にあなたに合った個別的哲学のエクリチュールを提供させて頂きます。

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tak

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