女性のための哲学

女性を美しくするには美意識を再学習し脳のなかから変化をつけていく

投稿日:2018年1月10日 更新日:

女性が美しくなるには、脳の中の運動性と安定性の関わりから美意識を活動させていく

女性美しくなる 女性脳美意識活動

女性が今日、綺麗になりたいと思う心意が発達するなかで、美しくというのはどのような様相であるのかなどを思考するにはあまりにも、それらについての美に対する情報がなさすぎて、女性は自分の嫌悪される俗にいう嫌な部分が認識されて、追求できないでいます。

美しくなろうという動機がどこから来ているのかから、見直し、適切な欲求や再学習を行なえる神経系の経路を通過するのかどうかまで、省察する必要があります。

なかなか、神経系を丁寧に見てくれているような医療や美容、他のサービス業であってもそこまで見てくれる機関はいまだにないというのが現状であるのです。

それでも、女性は自分が美しくなりたいと思えていることについて、以前よりも多くの女性は美しさについて思っているのは、素晴らしい反応ではありながら、それだけで自分の嫌悪にさいなまれ、どうしていいのかわからないまま、そのどちらかといえばネガティブな気持ちを放っておくのは、女性の精神的作用からも良いものではありません。

女性が美しくならなければと思う方が増えているのは、どのようなところから発展しているのかに、女性の美について考えていけるきっかけになるという事象をご説明したうえで、女性の美について探求していきます。

女性が美しくなりたいというのはマスメディアによる影響から

女性マスメディア影響美意識

マスメディアといいますと、テレビ、新聞、ラジオですが、モバイルであるスマホが多くの人の手元にいきわたっている今日では、ネットという新しい経路もそこに含まれますが、ビジネスが関与している女性の美容やフィットネスについての発信がとても多く、その影響もあって女性の中では、自分もそうならなければいけないというある種の強迫観念が高まってきています。

これは、マスメディアというさまざまな情報を発信する構造から見ていくことが重要であるのですが、その理由は、マスメディアが何度も重層的にわたり発信することが、それを見た女性はすべての女性もそうであるのでは、と少し焦りながら自分もと欲求に関係ないのに行動を起こしてしまうのです。

このような内部運動としての欲求や感情が高まっていないのに、行動を起こしてしまうと女性が望ましい内面的効果にはつながらないで、女性の構造が本質的にもっている美学は発達しません。

マスメディアというのは、外部から女性の欲求を高めるために、マスという大衆、大多数なる対象にいっきに伝達しようとするのが目的ですので、女性はそうしてもそこに流れていきます。

これは、女性が今日まで女性という民族的にどんな立場で、どんな身分で生かされてきたのかという大きなテーゼ(命題)にまで、発展していきます。

マスという見えないところにいると予想される大多数の女性たちは、美容やフィットネスについての発信を見て、みんながそう思い、そう行動し、ひょっとしたら見えないところで努力をしているかもしれないという個人が大衆(全体)に総合化される反応が起きていくのです。

ここで、女性が構造的に生まれながらに、女性の構造的な特性として秘めているのは、女性のホルモンという高濃度体液が、美意識根源エネルギー源となってきます。

女性という社会上の性別による男性と女性を区別することによる女性(社会的見方)で女性自身を見るのではなく、女性の身体や精神という外枠である骨組み(これを構造といいます)から、女性を見つめることが大切であります。

現状の多くの大衆は、女性といえばという女性への見方や、女性らしさなどというのも、社会構造が女性に求めている女性像でありますので、女性の構造、つまり女性の身体であったり、その内面である神経系、免疫系などの、女性が構造的にもっている実態のある器官というパソコンなどの機械であれば目に見えるコード、または内蔵させているプログラミング言語(これも少し難しい表現になってしまいますが・・)

器官とは
運動を起こす機械的な部分をいう
機械的というのが本質をついていて、電源を押せば、電源が入るように、運動が効率よく行なわれるために、プログラムされた対象がもともと決まってる細胞の集まり。

女性には器官である身体の内部の諸細胞が、女性の美しさの基盤を生まれた時点でもたせてくれています。
そういう女性の構造で女性の本質的な美しさを考えなおしてみると、マスメディアが何度も名もしれぬタレントを使わなくても、美という意識が女性にはあると言えます。

残念なことに、女性が生きている現フィールドであります外部から見て、それを普遍的に理解して、一般化させる迂回(うかい)を通じて知っている現実に適応させられた女性は、現実はリアルな時間展開が前進し、精神的には前進だけでなく、後退というとネガティブな表現として意味生成してしまいがちですが、心という人間を人に微分してくれる感覚的な空間が運動を行うと、精神という運動と反復、持続の領域に到達します。

そこでは、女性は自己という自分の内部で行われているさまざまな諸現象を感じ取り、それをそのままの様態で追いかけることができないのです。

女性は生まれてから、今日まで、群衆や大衆という全体性といった一であることも全なるものとして、周囲の社会構造に思考を停止させられた大人たちに侵されてしまっていました。

女性は器官から運動を生み出すエネルギーが、そのエネルギーを生み出すための底力として必要なホルモンを多様に活用できる構造であります。

女性には、もともとその美しさを生み出せる運動の元となる器官は、たえず生きることと直結したホルモンで、制御(コントロール)してくれています。

女性は今日、特に美しくなりたいと思われてることが多くなってきていますが、そう思うのは、本来の源始(げんし)から自然発生した欲求ではありません。

美しくなりたいと思ってる時点で、女性は外部からその意識らしき意識に手が届いただけで、自分のものではなく、マスメディアが宣伝広告をかねて過剰に発信を繰り返します。

そのシーンを見るたびに、あなたというひとりの個体である女性の外部にいる女性たちが、努力している光景を見ると、それを見たあなたという女性は、そのシーンに出ていた女性に憧れるのではなく、女性の脳では次のような認識という全体性が関与する思考停止パターンが出てきているのです。

美しくなろうとしている女性がテレビに出ていた。その女性はタレントだし、タレントだからお金は事務所が出してくれているからタレント個人の力ではなおとはいえ、それでもその女性タレントは、運動によって美しくなっている。そういえば、私の知っている友人は、食事制限しているという話を聞いたことがある。ということは、私以外のたくさんの女性は運動などをして、美しくしようとしているのかもしれない。だから、私もその人たちと同じくらい、またはその人たちに負けないように頑張らないといけないんだ。

これは、脳のなかでは、認識するという思考停止の経路を使って、視覚や聴覚の外部からの情報が目であれば眼球からとそのなかに投影される機能である網膜、を通る経路、または音を捉える外耳から内耳、そして鼓膜という音を微分する構造を通り音は神経系が感じ取れるように分子となり、そのまま脳の前頭葉という価値意識にかかわる経路を通ります。

この経路は、総称が大脳皮質という意識が中心となっているさまざまな過去の情報を総まとめしている連合野という領野がたえず情報をショートカットするために、断定させるところであります。

神経系は、興奮と抑制とされる運動を加算する運動のために、諸々の神経物質やホルモンを活性化させるのですが、これらは女性が最も欲している内部運動という原始的な運動です。

しかし、マスメディアで女性が求める美を内面に求めずに、映像として、一タレントが女性の代表となって、マスメディアから発信される映像がどれぐらいの人が見ているのかもわからないのに、ある程度の誤作動であるのにそれを真実だと思いながら、女性は内面的な美を失ってしまうのです。

女性を美しくするには、美意識を脳のなかに作ることからはじまる

女性美しくする 女性美意識脳作る

今日の一般的な女性が思っている美意識というのは、体内から感覚的に生まれた美意識ではなく、マスメディアなどの外部から人工的に作られたものであるのです。

あながち、女性は美なる感覚的なものがあるため、外部からいわれても、そこまで捻られた美であっても、正論だろうなとは、思ってしまうところに大きな本質を失わせるものがありますが、まずは、マスメディアは映像という構成であります目を使って情報を得るという視覚、音を微分させ、すべてを知りきったらような錯覚を生む聴覚は、神経系の適切な運動ではなく、認識という神経系の興奮を使用しない非運動で事物を捉えていっています。

つまり、今日の女性が、自分で理解している美意識というそれなりの想いなるものは、認識だけでそう思っているだけで、神経系の運動が行われていないのに、美意識について思ってしまって、一ページしか描かれていない分厚い本のようなものと同じであります。

見た目は、分厚い本なのに、開いてページをめくってみると、一ページ目と同じことしか書かれていないとなったら、そのような本をあなた自身本とは言えないでしょうし、当然のことながら、その本を購入しようとは思いません。

しかし、あなたという女性の個体の内面がそういった分厚いのに何も描かれていないような内面であるのかどうかを、どうやってみることができるのかというと、実は不可能であるのです。

そのような誤作動であります女性の美しくなりたいと思っている気持ちは、神経系の運動ではないことから、非運動のままで断片的に思うという思考停止の行為といえば行為は、女性個人でもほんとうなのか、そうでないのか、よくわかってこないようなものであるのです。

これは、社会構造から作られているので、全体性といった構造的条件のなかにはいり、女性は自分ではそこから抜け出すことができないのですが、このままでは感情も運動しない心になっていったり、欲求とのつながりも出てこないままに、美しくならなければと、女性は思ってしまうことを経験すると、女性が構造的にもっているホルモンによる自然との融合からの美は生まれてきません。

女性はせっかくの素晴らしい身体機能をもっているのに、それを経由(パサージュ)できない流れ、これを迂回(うかい)するというのですが、女性が自分の内面を見つめるには、脳の再構築を行なわなければ、構造での起点に立つことはできません。

女性が今現在、自分を変えたいと思っているのは、真実ではなく、多くの他者である女性が大多数、空想や妄想のレベルでかかわりあっていますので、そこに流されてしまうと、女性は美しくなるどころか、独自性のない、そのあたりにいる人の意見に流されてしまう面白くない人間になってしまいます。

このような人間を、悪質的な見方に直接、勇気をもって対応してみますが、社会構造が求めている理想的なタイプ(形式的人間化)にであります。

これでは、実践的哲学を推奨する、本サイトとはまったくビジョンが違っていて、女性の構造を活かした幸福感や充足感は得られない選択であるのです。

マスメディアの宣伝広告による、大量生産のビジネスモデルでのタレントの運動や美容などは、本質的な美ではまったくないのです。

女性が求めるべき美は、女性の中から湧き出てくる独自性、他者をよせつけない自分だけの心が最大の外縁をつくっている運動による精神性を磨くことであるのです。

そのために、実践的哲学は、多くのパサージュ(文献を経由)する実践と、何度も生まれてきてはやまない内部運動を表現に変えるエクリチュールの反復から、女性は構造を自分の主観と分節化して、美の起点に立つことができてきます。

 

本サイトは、女性が参加する実践的哲学を行なって、女性であるあなたが気づいていない自分の好きなこと探し出します。

美しい女性 女性哲学自分磨き

*本サイトは、実践的哲学を女性が行なえる空間です。
西洋哲学をつうじて、今日までの社会構造に合わないで歪ませている自己に気づいてもらえるように、さまざまな文献引用であるパサージュ集と、本サイトが記述させていただいているエクリチュールという言語出力形式で綴って(つづって)います。これらを見て頂くだけで、固まっていた思考につながる神経系は緩みをもち、神経系は自然反応で興奮し、もともとの根本的機能である自分という内部の素材を探しだす運動が高まります。
これが、前述してきました知覚運動といいます。
文献引用をしたり、本記事のようなエクリチュールを見ていただくなかで、本サイトはなにを言おうとしているのかは、日常的な現象を観察するところから生まれた哲学的な要素であることです。
西洋哲学の文献引用は、そこから得られるたくさんの知恵もありますが、それはあくまでもあなた自身が社会構造に不適切な影響を受け、思考がとまっている内部の状態に気づいていくための、素直なパサージュ(経由)であるのです。

*本サイトの実践的哲学の月額2700円(税込)
問いかけは、何度でもかまいません。
ネットを使ってのパロールの解除から社会構造の断絶。
そこからエクリチュールの知覚発生。
感じたことを表現したくなる欲求の運動の感覚の実感。
エクリチュールで自己表現し、自分に気づき、ひとりで過ごす時間を充実させる。
今度は、実際に対面してひとに会いたいという欲求の表出。
そこからはさらにエロティシズムという至高性という最高位のひとの活動である精神性と芸術性に。
そこまでいけば、本サイト運営にかかわるひととの対面から、パロールによって再起動へ。
すべては女性のビジョンの発掘と、女性の幸福のために概念化のため。

*実践的哲学

これは女性のために立ち上げられた日常的に行なえる手軽な哲学の実践。
西洋哲学をパサージュ(経由)して、西洋が到達できなかった哲学的実践をたどり、まだ途中となっている本質の追求を引き継いだのが実践的哲学を運営する本サイト。このサイトは成長、発展のさいちゅうであると理解しており、多くの女性よりは少し前進する位置で研究や研鑽(けんさん)を行ない、女性がわかりやすく生きれるように導いていくのが本サイトの目的。
今日までの男性社会が主導権を握っていた社会構造はますます弱体されていて、それが見えてきているのが、お金がすべてだという強い権威志向でなっている。
そんな世界に女性がいると、女性もそれに巻きこまれてしまって、せっかくの女性の感性や感覚という機能が磨けなくなり、女性が生きることの活動のための根幹にある身体には、唯一のビジョンを探し出そうとしているのに、脳のなかがそれに応じるシステムでなくなっていて、それを解除して新しくするのが、実践的哲学。女性のための哲学である。

*実践的哲学の基礎知識

実践的哲学とは、2017年に発動した女性専用の哲学サイトであります。
社会構造は依然として昔に回帰する保守(ほしゅ)という方向が強くなってきているなかで、女性をとりまく労働条件は見た目の制度は表現には正当なものをつくりだしてきていますが、現実はそうではありません。
それをいち早く予期した本サイトは、女性の脳のなかを縛っている価値意識を神経系の運動を入力することで運動で日常的に学習されてしまった女性の感性や感覚を抑制を解除しようという実践をおこなっております。
そのためには、何度も現状の社会構造についての記述(エクリチュール)をこちらから発信し、それを見ていただきます。
そして、女性の構造というのはありのままの形象から見て、本当はもっと感性が豊かで感覚が優れているのですよ、というどこからも否定できない事実に目を向けていただき、自分を知ってもらい、女性がもつ女性という構造的にそれだけの潜在性があるんだということに感覚で見直し、それが自己の初期化になって、一から生に意思を与えようということをおこなっております。
日常的に女性はよく他者とお話をするものですが、それは日常的な時事から離れたところから自分や他者を見つめたうえで話をしているのではないのです。
それでは感性や感覚が磨かれるはずはありません。それを本サイトは、集団から女性を切り離し(断絶)し、徹底して個の状態にします。そうして、女性の神経系に運動を繰り返し与え、それを何度も反復すれば、女性からみた現実の空間というのは、いま知っている現実界とは全然違っているものであることに驚きをかくせないでしょう。

*哲学を実践するとは

哲学というのはいまを否定し、未来を直接見るために現状のものの見方に運動を与え、そこからリセットさせ、一から神経系の運動を生成させる実践です。

実践的哲学用語

*知覚とは?
本サイトが実践的哲学を行なうことで興奮するのが知覚と定めている。もっとも女性のなかの根底にあって、微細なエネルギーであるのに、身体や心の端から端へと末梢という皮膚と筋肉のあいだの毛細血管の反応をよくする器官としている。知覚は医学的には神経系の感覚が脳の感覚野という連合作用をつくるもので、無意識的とされているが、本サイトでは西洋哲学と精神分析者であるフロイトとラカンをパサージュ(経由)し、知覚は胎児期から出生時に起こされたどこにもつながらないで起動した根底の運動だと考えている。

1,自己内の神経系が末梢に伝達するリズムが失われてそれを探している

2,自分のリズムを失われていったため、頼るものがなくなり、それが発達時の周囲のおとなに合わせていった喪失感

3,社会がつくった人工的な不安という認識に追いかけてもどこにもなく、自分は不安だから人間関係や仕事、家族との関係を断ち切れないとする誤作動の疲れ

4,本質的にもっている身体のリズムを探したいのに探せない焦りと不完全な感覚。自分らしく生きようとしても手がかりがなく諦めてしまう自分への嫌悪感

*実践的哲学;禁止を侵犯するエロティシズム
実践的哲学では、エクリチュールのフィールドで思考に運動を与え、見てはいけないところだとか、いつもなら思ってしまうと仕事をしていくうえで、それが集団生活においての都合上での弊害がうまれるために、思考を停止させている領域。そこに運動を与え、運動を促していき、いつもなら見えないところをともに見ていこうとする実践である。思ってはいけないというのは、人間には基本的人権を尊重され、思想の自由が保障されているのにそれができないのは自由ではない。実践的哲学は、西洋哲学をパサージュ(経由)して脳のなかの大枠として外延に安定をあたえておいてから、思考に運動をさせていく。知らないことを知るように、考えてはいけないのに考えてしまうのは禁止という事項を壊すという侵犯がうまれ、社会に規定された認識ばかりが脳を支配して、自由を抑制されていた神経系を快楽にもっていけて、神経系の運動の起点を作り出せる。これを実践的哲学ではエロティシズムという。

本サイトでは、エクリチュールのなかに、なんども自然発生されたテーゼを重ねていき、西洋の表現をすれば、ランダムに言語を出力させていくことで、規則性が見えなくなり、あなたの脳のなかは体系となっていた一連の非哲学からの非運動は気づきに変わっていくのです。
規則性が見えなくなると、エクリチュールのなかで、どこかでそれが出てきたなと読解された非規則な言語はより意味をはく奪されて、意味の失われた言語は記号となっていきます。
あなたは本サイトのエクリチュールは、言語を記号にしていき、脳のなかの痕跡に近づけ、最高の神経系のパフォーマンスを生むための興奮という作用を生み出していく実践

実践的哲学をするとは;人間として生きるのは社会が規定した人間で非哲学。人間として生きるならいまから10年経っても20年経ってもおなじ現実ができあがる。なぜならそれは非哲学だから。非哲学とは、いまをおなじまま保存する脳の記憶を揺るがせないようにするため。生命力は低下し、社会に依存する人間を大量生産する。面白くない生きる時間をつくるが、それにはだれも気づかない。実践的哲学が浸透すれば、哲学的な人間からひとへと脱構築されるため、人間はひとをみて悔いを残す。あなたは生きることをすべての出しきって生きるので実践的哲学でひとになり、人間をみてほほえむだろう。

*実践的哲学から見た脳のお話
実践的哲学では女性の心を探しだすために、身体を中心において身体から哲学を作りだします。それは、目的は心というものを知るのと同時に心が単なる想像的な枠組みの構造であることを知るためです。心というのは存在しておらず、幻想的なところで、女性にとっては神秘性もあれば、自分の嫌なところが性質や性格にあると思っているのなら、心に嫌な部分があると思ってしまうこともあるでしょう。それを実践的哲学で女性のあなたの脳の神経系の運動を実際に使い、そこからの反応を待つというのが実践的哲学です。哲学とは言語によってあなたにかかわり、問いかけをして心をつうじる実態のある運動なのですが、心はいま申したように実践的哲学をすれば、心は存在しないことに気づきます。心は精神という言語を入力したあとに、自分の想像的な言語出力で残される空間である精神という地点にあります。それらを説いていくと、ひとという構造が見えてきて、生がこの地球上でなにを求めているのを知ることができ、あとはそれに向けて生きていけば、女性においては個体が求める幸福にたどり着くことができるのです。実践的哲学は構造をとらえていく実践です。脳のなかもつうじていき、大脳皮質が強い認識でそこが司令塔となって生きていると思ってきたいままでの生き方を修正します。大脳皮質よりも下層にある無意識的な運動を行なっているところにほんとうのあなたの生についての情報が隠されています。それを追いかけていくために、実践的哲学は大脳皮質やその下層の皮質下という領域まで入っていくことができるようになります。

*大脳皮質と皮質下のシステム
大脳皮質は皮質下の神経系の伝達でえた一部の情報を過去の認定された情報とすこし照合して判断します。それが適切かどうかをすこしだけ考えてくれて、またおなじ情報に戻すという連合される機構があります。ひととしての構造は大脳皮質がサブシステムで皮質下がメインシステムでありますが、人間像と学習された知識がこのシステムを狂わせるのです。多くのひとは人間でいなければならないと思って皮質下の感覚的情報を無視して、大脳皮質でえられた一面的な情報の連合を信じて、それが自分だと思ったり、そこから見えている世界が現実の世界だと思いこんだりします。皮質下をメインシステムの戻すのが、実践的哲学の目的であります。皮質下というのは、生存欲求が起こる脳幹、情動や感情が出力される辺縁系、身体感覚の中心である脳幹網様体の姿勢制御のスイッチなどが入っていて、皮質下を実践的哲学でメインシステムにできたなら、感覚的な作用を感覚レベルで連合することができ、生きることを意識できるようになっていきます。

*実践的哲学をするとシンプルに生きていける
実践的哲学は、西洋哲学をパサージュ(経由)して、古代ギリシャから始まったとされる哲学、宗教、科学を総体的にとらえて、女性の内面的な感性の豊かさにより運動を与えつつ、社会は大脳皮質での認識で物事をとらえようとして、女性の感性はその下層の脳の部位である皮質下の運動が活発さから、女性は自己について曖昧さをもち続けています。いつもなんとなく生きていたり、社会に自分の弱さが結びついた女性なら大脳皮質を無理に使用して、生きることを社会の外化されたままの自分を受け入れています。仕事がすべて、結婚がすべて、子どもがすべて、趣味がすべてなどというような、いかにもという偽装されたスタイルは、冷静に他者がみたらわかるぐらいの違和感ですが、曖昧さを抱えている女性はひとりからふたり以上の女性が集まると日ごろの曖昧さの葛藤からパロール(話し言葉)をくりかえして、自分を急速に満たしていくという行為をくりかえしていきます。これは反復という原理で、生は自由に生きたいと欲する真の運動と死は禁欲により自分を抑えることで自分は世界で成り立ってるというような二面性がぶつかりあっているのです。曖昧さを満たすのが死に向かっていく反復で、満たされたような錯覚が心地よくてやめられないというのが生の反復となります。実践的哲学は、西洋哲学をパサージュして、体系的なところに立っていただき、そこから自由に運動する内面を感じては、女性が自分の自己像の思い違いを修正し、生に意思が入りこめるところまで、かかわっていこうとするものです。そこまでの神経系の運動はサポートする相手がいなければできませんでした。ほんとうの自分を探したいというのは女性の衝動でありますので、女性に哲学をしてもらう機会をあたえないと、生と死の二面性による反復が、女性の曖昧さを高めるとともに、その曖昧さを満たすための集団化に終日、エネルギーを奪われてしまうのです。そのようなことを経て、自分の時間設定が一となり、いままで社会に規定されていた常識が外れると、あなたが行なっている労働である仕事についても、まっすぐに省みていけ、それがどれだけ自分には還ってこないものなのかがわかれば、あとは自分の構造から立つ上がる唯一のあなただけのビジョンを頼りにその段階では生に意思が与えられていますので、シンプルに生きていけるようになります。

実践的哲学では、すべての世の中にできている事物にたいしてテーゼ(命題)として、空間に浮かせ、そこで事象に運動を行なわせ、反応をみることができるようになり、それによってあなたという小さな個人というひとであっても、この世界中の事物は一時的に自分の脳のなかで生きていくための知恵として活かしなおせます。

パロールを抑制し、そこから反転されるエクリチュールが女性の想像力を潜在性の最高値まで促通する。そこを感じとり、女性が自己の知覚で捺印すれば、体感されていない悦楽までが内面で表象となっていく。

実践的哲学で言語の再構成を

あなたが現実社会で生きていると、これらの言語(用語)に慣れ親しむ機会はありませんし、これらは哲学の領域で西洋で使用されてきた言語で、これらを丁寧に本サイトはもう一度取りだし、現代に合わせ、言語の意味生成が導きだす方向性を社会からの発信ではなく、言語を生の状態に実践的哲学から抑制し、言語が発祥したときぐらいに沈黙に限りなく近い様態にして、活用します。

実践的哲学は体性感覚に

この体性感覚は、実践的哲学では主軸になる感覚の領域で、哲学をすると視覚や聴覚を抑制し、からだの感覚の流動に意識を向けるようにしていき、その意識は意識のなかでも無意識という無の運動です。
実践的哲学は、無を求めるために、世の中に広がってる全体性を保存している有を実態のある運動を与えてそれらを運動として動かして、塊になっていたものを外延から緩め、有を見えているところから除去するのです。

*実践的哲学でパサージュする価値

これらのパサージュは、そうやってパサージュした哲学者の一生を追いかけているような伝記をじっくりを見る必要はなく、とにかく、哲学の形式で脳の思考の運動が神経系の促通から生み出されたものをパサージュして、あなたの脳の神経系の運動のためでありますので、それらのなかで表現されているエクリチュールが重点をおきます。
そのようにすることで、西洋哲学があなたのような日本人の女性とは人種も民族も慣習も違っている哲学を実践するエクリチュールに触れることが、あなたの脳の思考の部分に差異を生み、思考の神経系が作動しやすくなっていきます。

本サイトの女性の心の疲れと不安を取るためのパサージュ集

女性読書パサージュ 女性書物パサージュ

本サイトでは、女性の心の疲れを取る、心の不安を解消する、心に癒しを与える、女性が生きていて幸福感と充足感を得られるために、西洋哲学の文献引用をし、作者の主観を外すために、読みにくい、比喩や隠喩、または文脈上のレトリックと言われる修辞学、これは雄弁術、弁証術、説得術ともいわれる記述上の技法を駆使しているため、女性は書物を読むのが難しくなってしまっているのです。それを、本サイトでは、断絶して、切り取られた文節で、タイトルをつけ、何が書かれているのかを見やすくしています。接続詞や感嘆詞、副詞を外し、主語と動詞に絞っているため、読みやすくなっています。

なぜ、本サイトでは、西洋哲学の文献引用を記述しているのかというと、日本人というのは、島国で曖昧さにより、女性のなかに潜み、隠れている自己を捻出するのが難しいからです。つまり、女性が抱えている心の疲れや心の不安は、曖昧さからきており、西洋哲学の文献引用を読み、知的欲求が抑制されているところを目覚めさせ、興奮させることによって、女性は知的さを高めると、心の不安が安定に変化するという感覚が知り得てくるからです。

その文献引用をパサージュ集と命名しています。
パサージュ集についての、コンセプトは次の記述をご覧ください。
女性の心を癒す落ちつかせるパサージュ|女性の不安を取る励ますための実践的哲学

パサージュ集は、本を読まなくなっている今世紀に重要な価値を女性であるあなたに与えることになるでしょう。
女性は、男性とは違ってホルモンの生成が年齢に関係なく豊富であり、今日まで信じられていた美意識は、性的な愛や恋に捉えれていましたが、実はそうではなく、知的欲求に性的欲求があることを本サイトが証明していっています。
女性は、知的欲求を磨くと、驚くほど、美しくなり、輝き、オーラが現れ、自己が確立して、生き方が変わっていきます。
その経験を、このパサージュ集を眺め見ることで、書物を一から読むよりも美的効果がありますので、ご期待くださいね。
パサージュ集に関して、お聞きになりたい疑問がありましたら、お気軽にご連絡ください。

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実践的哲学に入る前に、脳を初期化するために、まずからだを調整し、大地と共有させておくことです。それを主にしたパーソナルトレーニングが次の記事で書いてありますので、ぜひご覧くださいね。

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