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実践的哲学が立ち上げられたエピソードとは?|女性のための幸福で自立する哲学

投稿日:2018年4月14日 更新日:

実践的哲学が立ち上げられたエピソードとは?

女性実践的哲学 女性幸福自立
本サイトは実践的哲学を行なえる女性専用のものとなっております。
なにがゆえに、哲学なのか?
それがどうして女性のためになるのか?
そこには大きな本サイトを立ち上げた執筆者である私の生きてきた過程にすべてがあると言ってもいいぐらい哲学への出会いがありました。
ひとはさまざまな障壁を抱えて生きています。
たとえば、それが自己に対してだったり、自己と他者の間に対して発生することであったり、または自己や他者という主体や客体に分節できる余裕のない生きるうえに障壁となる親子関係、お金、学校などの主要な問題だったり、ということもあるでしょう。
ひとにはそれぞれさまざまな諸現象、諸問題はありますが、それらを並べてみると、すべては具体的なエピソードに統一できるという領域が見つかります。

親子関係なら、父親、母親、子どもの三位一体の関係性のなかに軋轢(あつれき)や摩擦(まさつ)という部分でまとめることができるのです。
そんなことも私は知りながら、多くの心理学や精神医学の書物を読みあさり、自分や自分が知る他者にはいないような症例をたくさん読み、想像しました。そこから、そういった精神的な疾患を持つひととも対応したりして、ひとについて知るというところを最優先にしながら、ひとの内面について思慮(しりょ)する時間に費やしてるきました。

*ずっと自己を知ることに集中するために他者と距離を置いた

自分がどうなっているのか。自分が生きるとはどういうものなのか。
小さいころから、その部分になんらかの意識の起点を感じました。自分の行動はそれでも客観的に見れないので、どうなっているのかわからない。自分がどうであるのかを気づくには、他者を見るしかない、と思い、そのような観察をして、生きてきたのです。他者を観察したところで、自分にどういったように置き換えられるのかという障壁に出会いました。しかし、それをそのままに置いたままにすることができた。それに対して自分と他者を強度の高いトーン(緊張)でそれらを扱わずにすんだ。この部分は私の個体の内部運動の反応の記述となっていますが、ここは実況中継のように運動としてとらえてもらいたいと思います。この内部運動の反応によって、脳のメカニズムでの神経系の作用に変化が出てきますので、とらえ方にも違いが出ます。本サイトのビジョンは自然界の現象とあなたの内部運動の現象に一致する地点を見つけ出すことです。

そして、見えているのは目の前に起こること。自分がどうなっているのを知ろうとしたけれど、それを将来の職業にするだとか、そういう学校に行こうとかはまったく思わなかった。でも、そうやって自分がどうなっていて、他者がどうなっているのかをもっとわかりやすくできたなら、ひとのためになるのではと,痛烈に思いました。

そのときに、自分で気づいたのは、自分は他者との内面的な距離があるということに終始しておりまして、異変とは思わなかったのですが、周囲のひとを見て、自然に友人を作り、遊んでいるところを見ると、やはり自分は他者と違う一面があるのかなとは思ったのですが、そこに流されることはなく、自分のなかから生まれる感覚に集中していました。そこに強弱はありましたが、私のスタイルとして他者と適度な距離を置き、立っておくという位置、これがとても面白いと感じたのです。それがやめられなくなり、いつもその位置に自分がいる。内面的には距離が近くなったり遠くなったりしていましたが、他者がよく見える位置にいる自分がいました。そこからなにが見えるのか?それは、他者の内面的な何か。そのころは、それが何を意味するのかもわからないまま、私は自分のビジョンを決める決意をしました。

この他者がよく見える位置から、他者を観察し、洞察して、人間の内面的な働きを考えてみよう。そして、そこに何があるのかを明確にして、こころのあり場所やその状態がどうなっているのかを見つけ出そう。そして、人びとのこころに抱えている重荷を取り、こころを軽くしてあげよう。

私がたまたま置くことができた地点。これは自分の内面的な個性なのか、どんな反応なのか。今の私であるから、明確な言語表現ができますが、そのころはそんあ余裕はありません。ただ、いま思い返せば、自分が他者と比較することでの苦悩はあまりなく、他者をつうじて感じている自分の内面的な反応を追いかけていくことに集中していました。そこには期待と希望、そして快楽。いま思えば、自己顕示欲という固定的な非運動未発達であるととらえられるところがあった。この時点でのテーゼ(命題)があった。何度も言いますが、そのころは言語表現にもできないままで、内面的な諸反応を追いかけていくだけ。心理学の書物を読んで、照らし合わせはいたものの、自分に当てはまるものではないと思ったのです。自分だけの反応なのか。他者はどうなっているのか。それもわからないままに生きていったのです。これはまさに、本サイトでも説いていっている要素ですが、日本という世界のなかで生きてきた日本人は特有の民族の性質を持っています。その性質が、私という自分のなかにあったのです。もし、そのころ、私に分析能力がなまじっかあったなら、いまの私はいない。あのまま、内面的な運動を感じ、自分の内面を省察する感覚を残存したまま他者を見ていた。日本人の固有な特性を持ち、何もかもを曖昧さに寄生すること。それしかできないという葛藤。それで良かったのです。

自分をうまくそのころ、分析し評価していたら・・。知性が未発達なのに自分を先入観で固定的にしていたでしょう。もっと私が知的な要素を持つと認識していたら、他者を見てはひとつの固有な観念に縛られていたでしょう。自分の立ち位置をうまく保持しながら、他者を眺めるにいた。その不十分な感覚の行き場のないところ。到達感のないままの自分。それらが、私にますますの未来を与えてくれ、その先に見つかるであろう期待を抱かせてくれました。私が他者との距離を置くようになってからずっと、いまもなお適度な距離を持っています。友人という対象を作らないで生きてきました。それはどうしてか。寂しくないのか。そういった問いが無意識的に発生するものでしょうけど、私の内面がそうさせたのです。かっこよくいうと、ミッションだったのです。これが使命。強いことはまだまだ言語表現することはできません。

まだ未完成で未発達ですので、ひとつのひとつが途中経過であります。そのなかで見つけていくには、私の内面が反応させた出力に従属させることが必要です。友人を作らずに、自分と他者を見つめていく。そのようなひとがあまりいないとしたら、私は幸運にもそうした他者と差別化した生き方ができているのかもしれない。みずから選択することはすべてが恣意的(しいてき)になってしまいます。恣意的というのは自然に発生したかのように見せているけれど、実は人間が観念的に作り出したもの。これは真理ではありません。そこに無意識的に私に内面が支配される反応を神経系が作り出したらそこで運命が決まります。そこから解除するのはみずからは難しい。それぐらい神経系の反応で決まっていく。ミッションというのはそういうものなのです。私が友人を作らない理由は、神経系のミッションがあるからです。

*友人を作らず他者と一定の距離を置くと孤独になり本質追求する

友人を作ると、その任務を果たし続けないといけなくなります。なぜか。それは世の中が説く人間関係というのは道徳観に規定されていて、良好な関係でなければならず、一定の頻度で会っていかないといけない。これは、神経系のモデルをその時、設定を変更することになる。生きるというのは一度しかないのに、そんな猶予は時間のなかにはないものです。それぐらいミッションというのはすべての覚悟が決まります。もし、あなたにそんなミッションが発生していたなら、幸福なことでしょう。

あなたの内面はどんな運動が起き、現時点での運命はどのように自然界とかかわり合えているのでしょうか?あなたのいまは生活する目的を果たすために仕事をし、家庭を持ったかもしれない。またはいまはその過程にいるひともいるでしょう。目的と目標を合致させ、仕事と家庭を持つことを一番に脳は考えている。そして、いまはだれかに雇われ、規定された社会のなかにいて幸せを外部から与えられている。認識する精神レベルでは幸福ではないかもしれない。それでも神経系はひとつだけのミッション探求はずっとしてきています。私は、友人と距離を起き、ずっと自分の内面の変化に対応し、追従してきました。

心理学の知識を少しは得ましたが、そのような西洋的な人間を一部でとらえた理論は私のこころ、またはからだは理解しなかったのです。ずっと見つめてきた内面の運動。反応があったり、なかったり、いろいろな表情をしている。ある日、ある時、あることに気づきました。その表情をだれかに説明するにはどうすればいいのかというこころの断層に気づくのです。自己との境界線。自分と自己との隙間(すきま)。自己の内面とこころとの距離。

そしてそこからの他者。最初は他者を見つめることで、自己が見える感覚があったのが、それらの分節が達成したと感じたところから、それをもっと表現に変えるにはどうするのか、という部分に出会いました。またテーゼがひとつ増えたような感覚。そこを私のこころ、そしてそれを支えてくれているからだは一心となってくれていました。そこからまた見えることがあった。それは、他者と距離を徹底的に置くと、自己が安定して、いつも本質追求をする思考におかれるということ。そのころはよくわからなかったのが、いまでは思考の神経系の何度も運動によって促通させてきているので、わかる。それは、本質追求というひとが求めている初期設定であること。つまり、他者と距離を置くという状態を反復させると、ひとというのは初期設定になって、根源的に持っている運動が出ていく。これは自然にそのようにしていたので、しかもその運動の反復はやめることはない。ひとはしばしば言語表現する自分への敗北感として、「やりたいと思ったけど、続けなかった」と言っています。

自分がうまくいかなかった事実への抑制系の興奮です。内面的な運動としては、自分を慰めて(なぐさめて)いるのです。ほんとうにそういうことは現実的なのだろうか。一般的にそこまでのテーゼを立てられるひとはほとんどいません。それはどうしてなのか?ここまで記述してきましたように、自分と他者との距離が近すぎるために起こります。自分を知るための最初は他者を見たのはいいのですが、そのうち他者を自分のモデルとして模倣するようになり、自分と他者の行動や振る舞いというところで一致していく。これが見えている視野での範囲からの理解。これらは神経系の運動はほとんど起きておらず、この内部の状態を認識といいますが、自分と他者が一致して、自分と他者がもはや分離できなくなってしまっています。

すると、私がこころで体感してきた本質追求という領域にこころをおくことがなく、ひとは真理をつかみ取れず、迷いに突入します。どちらが適切な生き方であるのかというと、これは構造的な記述も必要となるのですが、構造は機能を生み、それが活動となっていくのが、原理原則(プリンシパル)です。これが何をいいたいのかというと、原理原則に合わせるのがもっともうまくいく生き方という選択です。私の経験談を入れましたので、それがいい生き方というような記述では言語表現で惑わすことになるでしょう。たとえば、生き方というのは人それぞれだよ、という見方もあるのです。

この言語表現が本質追求から生まれたのかといえば、そうではありません。そこには、敗北感が漂っています。生きることは思い通りにいかないよ、という敗北感。そしてその敗北感はどこからきているのかといえば、自己の内面の根底からきたのではなく、先祖から代々継承されてきている言語表現なのです。親が言っていた、おじいさんが言っていたなどを経験もない人に言ってしまうものだから、それが痛烈に言語表現として脳に残されていて、こころとからだの運動を停止して、本来の運動を抑制していく。これが内部に潜む構造であるのです。

*孤独な自分を持つと生きることに求めている方向がわかる

あなたが実践的哲学で本質追求させるように持っていかせるなら、あなたは生きることの幸福を得ます。他者に流されることはなくなり、ひとつの選択に対して、時代や社会などの影響をうまく分断して、自分がやるべきことと、全体がやっていることが自己を抑制しているところの合理性も見えてくるでしょう。その地点に立つには、孤独な自分作りをします。

他者から距離を置くというのは、他者に嫌われるようにするのではありません。気に入られるようにするのでもありません。それらは他者に属していることになる。だから、それでは孤独な自分からどんどん離れ、他者と一致する方向にいってしまう。これでは、生きることの時間の大半を浪費してしまうのです。迷いという世界にほとんどのひとが入っていきます。かたちないものを見ることの見方を知らないからです。一旦、自分の生きることについて誰もが見つめようとしますが、そこですぐに見えないという現実がとても強く、これからどうやって生きていけばいいものなのかと思って、こころを傷つけるのです。

あなたから見えないところにいるとそれは必然的に見えなくなる。あなたから見えるところに立てば、見えていく。当たり前のようですが、それがなかなか分かりにくいです。そしてあなたから見えるところというのは、どうして見えるのかというとそこでは偶然的に見えてきます。記述をよく見てみてください。見えないところは必然的に見えない。つまり、これは論理立てていくことができるというとらえ方ができる。見えないことは、見えないという理由が理論的に言えます。いまのあなたは哲学の境地にいられないのは、理由が言える。それは孤独なところにいないからです。これは理由であるので論理的に言えています。その一方、見えるところというのは孤独なところにいれば見えるのですが、それが、いつも見えるのかというと孤独なところにいたとしても、すべてが鮮明に見えないこともある。もしそれが見えていないとしても、孤独なところにいなくて見えないのではなく、見えているのに感じとれていない状態をいう。

見えるときには、神経系の運動が内面で自分でわかるぐらいにわかってくる。とにかく、孤独なところにいると本質追求をしなくなってきますので、それが何度も反復されるとあなただけのビジョンと理念が見えるのは偶然的にあるということです。少し、哲学的な表現してみましたが、お分かり頂けますか?本サイトの主催者である私のエピソードを表現させていただきました。孤独なところにいて、生きてみると、面白いことが起こってきます。そこで見えているのが、真の現実だったとは、だれが信じるのでしょうか。そこはだれとも最初は共有できないように思われますが、そこで生きる時間が長くなっていくと次第にわかってきます。これが真実なんだと。その瞬間のあなたの表情を想像してしまいます。おそらくあっけにとられ、こころは動揺するかもしれませんね。そうなったなら、本サイトであなたのこころを落ち着かせるようにさせていただきますので、ご安心ください。


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本サイトは、女性が自分の知り、それまで欲求は食欲、性欲、消費欲と思われていた基準を、知的欲求に変更する目的で作られています。
どうしてこのような女性専用でしかも、今の世の中ではほとんど行なわれていない哲学を内蔵させたのか?
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*本サイトは、実践的哲学を女性が行なえる空間です。
西洋哲学をつうじて、今日までの社会構造に合わないで歪ませている自己に気づいてもらえるように、さまざまな文献引用であるパサージュ集と、本サイトが記述させていただいているエクリチュールという言語出力形式で綴って(つづって)います。これらを見て頂くだけで、固まっていた思考につながる神経系は緩みをもち、神経系は自然反応で興奮し、もともとの根本的機能である自分という内部の素材を探しだす運動が高まります。
これが、前述してきました知覚運動といいます。
文献引用をしたり、本記事のようなエクリチュールを見ていただくなかで、本サイトはなにを言おうとしているのかは、日常的な現象を観察するところから生まれた哲学的な要素であることです。
西洋哲学の文献引用は、そこから得られるたくさんの知恵もありますが、それはあくまでもあなた自身が社会構造に不適切な影響を受け、思考がとまっている内部の状態に気づいていくための、素直なパサージュ(経由)であるのです。

*本サイトの実践的哲学の月額2700円(税込)
問いかけは、何度でもかまいません。
ネットを使ってのパロールの解除から社会構造の断絶。
そこからエクリチュールの知覚発生。
感じたことを表現したくなる欲求の運動の感覚の実感。
エクリチュールで自己表現し、自分に気づき、ひとりで過ごす時間を充実させる。
今度は、実際に対面してひとに会いたいという欲求の表出。
そこからはさらにエロティシズムという至高性という最高位のひとの活動である精神性と芸術性に。
そこまでいけば、本サイト運営にかかわるひととの対面から、パロールによって再起動へ。
すべては女性のビジョンの発掘と、女性の幸福のために概念化のため。

*実践的哲学

これは女性のために立ち上げられた日常的に行なえる手軽な哲学の実践。
西洋哲学をパサージュ(経由)して、西洋が到達できなかった哲学的実践をたどり、まだ途中となっている本質の追求を引き継いだのが実践的哲学を運営する本サイト。このサイトは成長、発展のさいちゅうであると理解しており、多くの女性よりは少し前進する位置で研究や研鑽(けんさん)を行ない、女性がわかりやすく生きれるように導いていくのが本サイトの目的。
今日までの男性社会が主導権を握っていた社会構造はますます弱体されていて、それが見えてきているのが、お金がすべてだという強い権威志向でなっている。
そんな世界に女性がいると、女性もそれに巻きこまれてしまって、せっかくの女性の感性や感覚という機能が磨けなくなり、女性が生きることの活動のための根幹にある身体には、唯一のビジョンを探し出そうとしているのに、脳のなかがそれに応じるシステムでなくなっていて、それを解除して新しくするのが、実践的哲学。女性のための哲学である。
*実践的哲学の基礎知識

実践的哲学とは、2017年に発動した女性専用の哲学サイトであります。
社会構造は依然として昔に回帰する保守(ほしゅ)という方向が強くなってきているなかで、女性をとりまく労働条件は見た目の制度は表現には正当なものをつくりだしてきていますが、現実はそうではありません。
それをいち早く予期した本サイトは、女性の脳のなかを縛っている価値意識を神経系の運動を入力することで運動で日常的に学習されてしまった女性の感性や感覚を抑制を解除しようという実践をおこなっております。
そのためには、何度も現状の社会構造についての記述(エクリチュール)をこちらから発信し、それを見ていただきます。
そして、女性の構造というのはありのままの形象から見て、本当はもっと感性が豊かで感覚が優れているのですよ、というどこからも否定できない事実に目を向けていただき、自分を知ってもらい、女性がもつ女性という構造的にそれだけの潜在性があるんだということに感覚で見直し、それが自己の初期化になって、一から生に意思を与えようということをおこなっております。
日常的に女性はよく他者とお話をするものですが、それは日常的な時事から離れたところから自分や他者を見つめたうえで話をしているのではないのです。
それでは感性や感覚が磨かれるはずはありません。それを本サイトは、集団から女性を切り離し(断絶)し、徹底して個の状態にします。そうして、女性の神経系に運動を繰り返し与え、それを何度も反復すれば、女性からみた現実の空間というのは、いま知っている現実界とは全然違っているものであることに驚きをかくせないでしょう。

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