女性のための哲学

感性とセンス、想像性を磨くとお金に困らない|女性の感性の魅力は計り知れない

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女性の未来は明るい。女性の感性、センス、想像性を磨く価値は驚異。

女性美意識磨き 女性自分磨き

時代の鬱血した状況は、男性社会を圧迫して、明治時代の国家成立と古代の仲介に余念がなく、自己満足の往来でどこにも動けなくなっています。
それを見た女性たちは、いつもは表情に現わさないのに、この今の時代の状況は隠していた本音の部分を女性は男性に気づかれないような咽頭を殺すかぐらいの音声のトーンで、語り合っているようです。

女性同士が社会や経済について言語化するのは、今世紀初、いや人類史始まって以来の出来事となるのだろうと推測できます。
女性の世の中の見方を、事前にすり寄った事象を前提とする断片さを完全さに発展させた認識論で見てきた世の中への見方を変えつつあります。

そのようにして、女性の中で、社会と男性に対してはストレートに言いますと女性は身分が低く、または歴史的痕跡によれば女性は身分を与えられなかった真実があります。
そのような立場から、社会の内部構造を女性に見られないように学術的に複雑な形相にして女性に関心を持たせませんでした。
こうして女性は社会の内部に介入しなくて済んだことがこれからの時代背景には非常に有利になるという事実まで、男性は自己中心的にしか物事を考えず、世の中を男性自身の自己所有権としたことで未来に世の中がどうなっていくのかを想像できなかったのです。

そして、時代が変貌し、男性が打ち出す一面性で成立した時代が終わりました。
新しい時代に突入する現在は過渡期です。
男性はいつものまま、感性や感覚を否定して一面性を維持しようと労働に明け暮れますが、時代はこの男性の行為を許さないのです。

これから未来がどうなるのかについて、女性は自分の感覚の相対化されたバランスでの世界感(観ではなく感)では、かなりの関心度です。
しかし、女性は今日まで社会とは関わり合いを持たないで生きてきたので、社会を見ようとするとストレスがかかり、なかなか見えてこないうえに、女性はハッキリ言って、男性社会に興味はまったく持っていません。

これが、女性が現実社会において一切の感性やセンスを自己内から内部運動の興奮を活かさないで、温存してきた内面がイキイキとしたまま、女性の身体内に貯蔵されている物質が、新しい未来に発掘、発揮できることを証左しているのです。
今日までの社会を歴史を経由してみると、言語を通じて、そこに広がってきた過去の世界は規定させることができます。
歴史というのは、それぐらい不完全さを持つものですが、歴史には男性がやり残した名誉欲の痕跡が埋葬されています。

女性の感性やセンスを説くために、男性の過去と今、女性の過去と今を、大きな白地図の中に書き描きます。そのために使用するのが歴史という、女性によって無価値な学問です。
そこを経由して、表記するために活かしていきます。
歴史が表記する意味を、今歴史から白地図に描いた絵文字を見ますと、男性は無を求め、女性は有を求めているです。

男性は無を求める。女性は有を求める。社会では生産を通じて逆転され、男性が有に、女性は無になっている。

現在の社会システムは、資本主義システムと言われます。
人間は人間として扱わず、人間は生産者として見なし、それらの価値は貨幣(紙幣)の需要と供給によって均衡した市場(マーケット)で作られます。
つまり、あなたが得られた労働に対する対価である給料(給与)は、マーケットを通じて、決定した価値となっているのです。
これは、労働によって与えられた給料は、あなた自身の価値を意味しているわけではないということを理解しなければいけません。

男性を配偶者にまたは良きパートナーに選ぶときに、男性の年収は生活する上で、重要となっていますが、今その年収があったとしても、これから先にマーケットでは、たえず均衡したバランスで賃金は決定していくため、そこは変動していくことになり、現在の年収で男性を選ぶのは、リスク以外何者でもありません。
女性が未来に関して、不適切な捉え方をすると、マーケットとしてはこれから価値の生まれない職種についているどうかを定めることもあるでしょう。
どのように決めるかは、本記事のテーマであります、女性がまだ外部に(いわゆる世界というところ)に出力した経験のない感性やセンスを知り、それらの段階的作用が構造上でどのようになっているのかを、知ってみて、見えることがたくさんあります。
この文脈を男性が見ても、何も得るものはないのは、男性は自分の価値が年収であると決めてかかっているからです。
ほとんどの男性が資本主義システムを適切な学習をしなかったために、男性は自己の判断を間違えたのです。

年収と自分の価値、それはつまり年収を産出するのは、会社の規模、会社のネームバリュー、各業界、ジャンルなどと思い込んでいます。
それもそのはずで、社会が規定した教育制度に自己を散文し、社会が手本にした社会人をまっとうする意志を価値観に発達させたわけですので、就職を社会活動の一環として、入社したのだから、年収と自分の価値をそのように見るのは無理もありません。

しかし、女性は自己をまだ未開地の更地(さらち)のまま感性とセンスを持ち、大切の身体内に保存してきています。
男性を見る場合、女性は自分の感性やセンスを通じて、価値というものを女性の内面的出力から再構築しなければいけません。

そのようにして、女性の感性やセンスは、世界の運動の主導権を握り、感性やセンスが他者を惹き付け、それが女性を超えたあなたという価値、そこから生成させた本質的価値は、世界の時代に応じた表情を作るという本質をあなた自身に分かって頂きたいと考えています。

 

 

2.無垢なままの女性の感性とセンス

 

女性のセンスはまだ一度も外部の広がる現実界に出力できたことはありません。
つまり、女性のセンスは神経系の興奮する知覚経験のない無垢な状態です。
女性は感性の集合体で、磨けばいくらでも精神性を高める魅惑の塊であります。
そのような感性は現実界に飛び立つゲートを通り抜けるときに、センスという表記を含む物質と変換されるのです。

女性でファッション性のあるオシャレな女性は街にたくさんいます。ファストファッションがマーケットに出現し、安価でそれなりにオシャレができる世の中となり、容易にオシャレができます。
そんな女性を街で見ると、ファッション性が普遍的となり、女性にはセンスがあると思っているのが、あなたのセンスという信念が見えなくさせてしまうのです。

あなたは女性でありますが、自分で感性という内部運動を促進し興奮させてきていません。
安価で容易なファッションでセンスの代償をしてきている女性の普遍的な展開は、それまで女性が生きてきて、男性に強いられてきた、過去の先代の女性たちの自己が喪失された脈絡の淀みも加算されて、女性はこの状態により満たされないでいます。

それでも、表現としては、過去の女性よりはオシャレに見えるため、根源的には満たされないにしても、センスが磨かれたような気がする錯覚が認識され、女性は今の状況を解除できないままです。
満たされないのに、満たしていることは、表裏という二面性を作り、二面性というのは、あなたが生きているこの現実、そこにシーニュという意味生成が入り、それをあなたは世界だと理解していますが、人間にも、自然にも、他者にも、未来にも二面性があることに非均衡な中心を作っていきます。

こうした女性の内部運動を実践的哲学で追いかけていっていますと、この世界は複雑なもののように思われていきますが、世界に反してあなたの感性はまだ無動により非運動のままであり、依然として無垢状態となっているのです。

3.社会で認められるのは男性に近い女性という誤謬

 

男性的な女性というスタイル(タイプ)が、この世の中にチラチラといます。そのような女性は大抵が、自分に対し権威的に抑圧をし、自分を磨かないで生きていることへの、慰めをしているのです。
ここで、なぜこのようなスタイルの女性を取り上げるのかというと、こうした男性的な女性を推奨する方は、現在年輩者で、古来の夫婦関係、または従来の人間関係をモデルにした固定性を信仰している集合体に帰属する方々です。

つまり、古来を伝授することに道徳観と正当化を強く持っているので、神経系は入力と出力の交互作用で生まれるエネルギー消費ですが、それをことごとく他者に拒否させ、共に正当化した共有性で、束縛してきます。
あなたが苦しむのは、この人間から前後関係のない非運動を投下する人が、身近にいる目上(年輩者)がこの体質であるため、知らない内に影響させていることが多く起こっています。
女性という性で生まれ、女性の肉体的構造を持っているのだけど、自分は男性的女性という見方は、いつからそのような発展を見せたのでしょうか。

戦後教育や戦後の高度成長の経済的状況による観念の誤認から来ているのが基礎にあって、そこには女性が社会から身分を剥奪させてきた現実があったからです。
もう少し、段階的に介入していきますと、戦後教育や戦後の高度成長の経済的状況というのは、社会が個人の権利を労働を引き換えにするうちは均衡が取れ、良かったのですが、労働は社会の一部の人間の権威欲が現出し、労働を内在させた安定志向を定義した仕事と変換したからなのです。

 

4.感性とセンスは身体を通り出力される

 

無垢なままの感性はまだ表現されていないと記述しました。
感性をセンスに変換するには、神経系の興奮と抑制が必須です。
そこで発生したセンスは、外部に向かって表現されますが、そのセンスの出力はどこに現れるのでしょうか。
音楽、絵画、文学のような芸術的作品で現れそうですが、今日までに創作された芸術的なあらゆる出展にはセンスというものはまったく内在させていないのです。

この記述は過去の長い間を否定する記述ではありますが、そこにシーニュを導き出す根拠というものは見当たりません。
あなたは記述を追っていくと、何が正しいのかを判断したくなって、その要素を認めるべく言語上に導かれた根拠が欲しくなるでしょう。
しかし、この過去の芸術的作品を否定する記述はどこにあなたは等価させればいいのかといえば、それはあなたのセンスが出力させるのは芸術的作風ではなく、身体であることが知覚が作動すれば、無意識的に、感覚的に気づくことが偶発的に分かることに出会えます。

5.未来は日常的芸術に女性が関わる

 

本記事の最終章のこのテーマが女性が知ったらいいと考えられる最も価値となる文脈となっていきます。
これまでの文脈では、社会から見た全体と、女性が無垢なまま放置させられ、まだ出力できていない女性の感性とセンスについてでした。

女性の役割は言語で定義しなくても、女性が生きている感情、欲動、思考や行動を観察すれば、すぐに見つかりますが、女性を姿をありのまま見れる人はこの世には誰もいません。
女性を特殊な性差としてしか、それらが本当は違うのにと女性は自分自身で気づくことはあっても、その気づきが誰かと共有して、再確認しなければ、学習できないように、女性は少し気づいていても、女性の生きる力に還ってくることがありません。

時代の過渡期に差し掛かり、時代が抱えていた野心と逃亡が警戒しながら構造の内部での規則的運動が緊張を高めてきたものが、整合点がなくなり、それぞれが違う地点で運動を再開し、その結果、構造的弛緩が起こってきました。
何もかもを点より面で捉える一義性で、時代は物を作り、それを売れば良かった形式、サービス業では人々の欲望を男性と女性の二者を対立させること、そこから生まれる自己の外部に幻想的にした超越の世界が不安を作り、思考を停止させ、消費させていたマーケットは、遂に壊れてしまったのです。

誰もが、永遠にこのまま時代は歴史を抱えて、歴史に頼り、歴史は反復するものとした狭義での原理原則が人々を支持していた事実が継続不可能となっているのです。
この状況が、あなたを取り巻いてるおおよその世界です。
この世界とは、決して等身大の真実で見えているのではなく、あなた自身の解釈という想像での階層の世界を描いています。
同じ世界の事象でも、ありのままを見るのは、相当な感性を磨かないといけません。
多くの女性は、社会の片隅で現実の世界を感性で見ることを許されずに、現実の世界を緩みのない観念で縛られていたのです。

ただ、女性の身体の中を隅々までパイプラインを作る神経線維は、感性に満ち、自律神経系の拍動は一秒一秒を刻一刻とリズムを生んでいます。
そこには、みずみずしく濃度の濃い体液(愛液とも言われる)がほとばしるように飛び散っています。
濃度の濃い体液というのは、神経線維の隙間に差異を導く膜を乗り越えた細分化された物質です。
すべての神経線維には細胞が肉眼では見えない大きさで、科学の唯一の功績である電子顕微鏡のお陰で、細胞はレンズを通じて、見ることが可能となりました。

女性は感性と感覚で身体の中を興奮と抑制で踊らせ、新しい刺激を入れてもらうことを切望して、待ちに待ってるのです。
社会が勝手に、自己都合や自己顕示欲によって一人よがりの悪質な性差での権威は、世界を停止させますが、女性はそれをいつも乗り越えています。
それは、神経線維の伝達の本質が女性の根本であり、人間の根源であります。そこに向き合えてる女性は、根源から生物的構造、動物性の原点、そこを経由し、元来から欲していた原始民族への憧れにまで到達しています。

女性が求めているのは、原始民族。自由であり、身体の知覚を秩序とした感性の世界

現実の社会は、前述したように、現実界はあなたという物体(この段階では道徳観に従事した動物を否定する人間)を内部の無機質な機械装置である器官を通らないといけないので、ありのままを見るのは、非常に困難であります。
あなたが知っている見たことのあるような現実界は、現実ではなく、象徴と想像の設定から、その世界以外に見えないものと見えるものの間にあるのが、現実界です。

常に女性が憧れてるのは、身体の中を溢れるほどに潤う準備をする性的欲求で、現実界を見ては、そこには生と死ともに漂わない非生臭さに驚き、すぐにその空虚さから反射的に回避し、想像界と象徴界に回帰させます。
これはどういうことかというと、女性はどこの世界を求めているのかという問いです。

女性は外部空間から入力されたことで、女性の内面的の神経系の伝達の自己との交流で感性が興奮しやすく、言語による記憶が非常に乏しく、女性が感じているのは、いつでも廃棄可能な身体に潜む性的欲求からです。
このようなことを踏まえると、女性が求めている世界は、現実界、想像界、象徴界のどこなのでしょうか?

俗に言う世間話の状況で言語化されている会話(パロール、話し言葉)で無意識に意識レベルの文脈は、女性は現実的だや、女性は感情的だよ、などと言われています。
こうした話し言葉は、言語化され、記憶に直結され、始発駅から終着駅まで車内の電気が消されたり回送電車と同じ作用を女性に起こします。
女性はありのままに現実を見ようとしていますが、その現実は社会が規定した作られた人間化された事象だったのです。

女性は俗に言われた現実を、見違え、現実はありのままにあると信じます。
あなたの世界は、どのようにあなたの中にどのような段階で形になっているのでしょうか?
女性の神経系を邪魔しているのが、ありのままの世界をありのままに見れるという幻想的世界を信じ切っている現象です。

女性は世界中どこにいても、女性の固有の生物的機体を持ち、世界中の各地で生きています。その女性の固有さは、内部から外部へと表現するという運動が中心で、現実を女性の感性によってギリギリまで真理に近づけ、ありのままから演出された現実界へと世界を築いていきます。

このような運動を芸術的運動、いわゆる、芸術性といいます。
女性が特有の内部運動から生まれた自然反応は、世界に対峙させ、現象を生みます。
このような生成物が、本物と言われ、芸術性のある世界の人々が欲求とする部分、そこに関しては、生物的に普遍的だと言われ、入口はすべての女性が同じ欲求を持ち、表現者と聴衆者という関係性が、女性同士の間で完結します。

極端なことを言えば、女性だけでこの世界は運動を起こし、女性が集合する各地で社会的秩序となっています。
ここに、これからの女性の生き方の本質が含まれています。
女性は日常的に芸術性を発信するという使命があります。
この使命は、今もずっと発信する契機を見計らってるのですが、女性はこのような女性の構造的作用について知りません。

知らないことから、自分で生まれている感覚、身体の中でたえず生成されている感覚の総合体である知覚を見るすべがありません。
起こっていることが、何であるのか女性は自分で自分を知りません。
感覚はリアルタイムで起こるため、シグナルは女性のどこかで起こっているのですが、それが心なのか、身体なのか、それともどこかの違った外部の場所、超越させれば宇宙のどこかから感じる感覚なのかは、女性は知り得ないのです。

未来における女性の役割というのは、女性がそのままの感じたことを表現する場を提供すると、女性はその与えられたステージで演出を考え、主体を演じていくでしょう。
女性が演じるステージが今、皆無であるのです。
このステージは、おこまがましい限りでありますが、本サイトが運営の基礎を作っていきます。
それらを発信して、世界の誰かに届ける仲介をし、女性同士が繋がり合う未来空間を提供します。
未来は、権威に重きを置く社会が秩序を作ることは、世界からなくなっていくだろうと確信できます。
現在も、社会は存在しますが、政治の世界を見ても、虚偽する答弁が国会では審議させ、そこに無駄な使い方で国民から徴収した税金が失われているのです。

文脈は自然発生に従って派生していきますが、社会は存在しても社会を知るのは意識された偶像でしかありません。女性はそもそも、社会に何の依存性もなく、女性は自分の心的空間で生きています。
男性側のストーリー(物語)が健全であれば、財界の脚本家がたえず女性に対して、国民(大衆)に対して、ストーリーを更新させ、社会が社会であり演出をすればいいのですが、今の現実は政治を見たら分かりますが、社会を演出する主導できる知性さと感性のある政治家が誰一人いません。

影であった部分が、見えてきたのです。
影の空間は、男性主導の下で、演出をして、影を陰として触れてはいけない世界というものだとしていたのです。その影は、女性が求めている真実と真理で、女性の感性はその領域と同一の非規則的な運動を持っています。

未来における女性の生息する適切な場所は、女性の体内から生成された芸術性を発揮する社会が関わらないところです。
今はまだその場所はありません。
本サイトがそれを作り上げていきます。
女性が自己の感性をありのまま表現できたなら、その記されたものは、記号(シニフィアン)となり、他者の感覚神経システムの根源に繋がります。
その部分を器官といって、感覚が総体から神経系の生物的作用から脱分極(脱構築)され、分子となり、それは自然界が生成するあらゆる物質と同じ構造です。
水、空気、木など、他として人間以外の生物や動物たちと同じ視線となり、同じ領域での運動となっていけるのです。

未来の女性の生きる場所;日常的に女性に対して芸術性を発信できる現実界の演出させたステージ。

女性が本当に望む世界は、想像的世界ですが、男性社会が弱体化したといっても、テレビで政治の報道を見ると、いまだに古来の男性中心の形式で行われているのがお分かりになられることでしょう。
女性には、本サイトを通じて、時代がどうなっているのかを、仮説検証し、帰結まで到達することはできなくとも、遊び感覚で、余裕を持って、時代がどこで行き詰まり、どこに未来に期待できる運動性が余白としてあるのかを、見つけ出せたなら、至高性は最高となり、知らない世界を知ってしまったかのような、禁断の行いです。

これは、女性が身体的作用でも世界に要求する無意識的運動で、性的欲求とも言われ、器官レベルでの運動の開始と終了、これは目に見えない運動として、女性の身体の大半を制御するのです。
世の中の常識としての運動は、目に見える範囲での運動で、スポーツやフィットネスで行われている運動は、意志と大脳皮質にある運動野という領域が脊髄を経由して、神経線維に乗せられた電圧での伝達系は、還元され最小の分子となって筋肉に伝達されます。

目に見える運動は、動きがあるため、運動していると運動を発した当人はそれを理解します。この時の理解とは、感覚ではなく認識するという理解で、神経系は固定されているのです。
神経系は潜在的に感覚と感覚が秒単位で発生しては消失するリズムの反復です。
運動としての運動は、目に見える運動であるため、運動野から筋肉に伝達される経路の途中で寄り道をする脊髄にはざっくりと電圧を抑える作用があります。
脳の運動野から発生した運動のシグナルのトーンは脊髄でほとんどが消失し、神経系は感覚と感覚の連環ですので、目に見える運動は、この作用に関わらないのです。

つまり、あなたが運動と思っている運動はほとんど運動になっていない運動であるのです。
こうして、今眺め読みして頂いているこの文脈を追っていると、身体を使った運動よりも数百倍もの神経系の興奮を促せます。
この文脈には、思考を興奮させるための言語を記号化(シニフィアン)にした言語機能を失わせた非言語の羅列が並列しているからです。

これは、感覚神経系の興奮となり、女性の美意識に繋がっていきます。
世間的には、美意識は目に見える運動であると信じている方が多く存在しています。それによって、多量に汗をかく運動が推奨させるマーケットの反知性な展開もありますが、運動の本質は神経系の興奮にあるのです。
特に、スポーツやフィットネスといういかにも運動の定義で運動を実践するのは、神経系を介さない認識ばかりが興奮され、神経系は停止したままであるのです。

女性が活躍する場は、日常的なやり取りの中で、芸術性を表現し、それが世界のどこかにいる他者に届き、それを想像的に感じ、表現する未来の世界。

 


本サイトのご説明をいたします。
美意識には、刺激として入力が必要だと申し上げました。
そして、入力には自分で刺激を用意しては、予期しないことでないため、それでは入力系にはならないとお伝えしました。

それを容易に叶えるのが本サイトであります。
本サイトは、女性であるあなた自身が今よりも充実感や幸福感を高め、日々が満たされるよう、そのお手伝いをさせて頂くことがビジョンです。
そのための入力を反復して頂くことが充実感や幸福感、美意識による生き方の変更、日々感じておられる仕事や人間関係などの疲れ、心に限らず身体に感じるイライラ、倦怠感、憂鬱な気持ちにも対応できるようになっています。

入力を促すには、本サイトが無料でお読み頂ける実践的哲学で構成された記事をお読みください。
これは、本来の普遍的傾向でしたら、無料でお読み頂く記事を無料にはしないほどの内容と質と量が伴っており、この記事が有料となるのですが、入力は自由にやって頂く方が適切だと考え、生の哲学を現代に合った文体で読むことができます。
これが、始原的な入力となり、何度も読んで頂きますと、入力の神経系は解放され、そのうちあなたの内部運動が持つ制御が生まれ、発散から収束され、あなたの思考の資材となります。

そこからより個別的に自分磨き、または疲れがなかなか取れない、孤独感があって、一人で過ごすことは不安や焦りが出てくる感覚がある方は、一歩進んで個別的実践的哲学に導入することをお勧めいたします。

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  • この記事を書いた人

tak

疲れた女性を楽にするために交流を人を気にせずに行える空間を提供したいと思い考えました。どしどし発信をお願いします。

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