女性のための哲学

女性への提案|アントニオグラムシの哲学からこのまま仕事を続けても女性が幸せになれない

投稿日:2018年3月13日 更新日:

実践的哲学が提案する女性の生き方、働き方のモデルチェンジ。丁寧に哲学を実践して導いていく

女性審理女性生き方 女性社会

あなたが属している仕事をする会社という生産性を目的にし、そこから利益を生み、建て前ではそれが社会貢献になるという前提から作られた集合体です。
そこにあなたは長期か短期かで契約され、労働をして、それに応じた条件から賃金が決まり、それをもらって生活費にあてています。
その会社というのは大きな従業員をかかえる大企業が中心となり、日本という国家は大企業とはうまく結束をして生産性を導くための政治政策があったりして、国家運営をうまくコントロールしようとしているのです。
あなたが日頃、そこまで考えることのない広い範囲や大きな数量の事物について、生活のみにとどまる領域でしたら考える必要もなく、考えようもないものとして脳は遮断(しゃだん)して無にしようとしています。

実践的哲学では、すべての世の中にできている事物にたいしてテーゼ(命題)として、空間に浮かせ、そこで事象に運動を行なわせ、反応をみることができるようになり、それによってあなたという小さな個人というひとであっても、この世界中の事物は一時的に自分の脳のなかで生きていくための知恵として活かしなおせます。

そこで、仕事をして賃金である給与をもらい生きていくあたりまえのことについてもテーゼを与えないでそのままなにも考えないで受け入れてしまうとするのなら、それはあなたという神秘性をもった一体の個体としてなにも活用されません。
それがどうなっていくのかというと、世の中の変化に対応できず、少なからず、会社に属している社会システムを受け入れている審級(正式な判断を正式に認めたこと)したとみなされ、あなたは社会に使われる対象となります。

そうなれば、あなたにたいする気遣い、優しさ、豊かさ、愛などの心という身体内の空白を維持していくある固有の空間から神経系の動線が伸びてそこにひろがるあなた自身の内面性が生きている精神というところは死に近づき、あなたは生命的に死を迎えるまで精神はよみがえることはありません。

そこを単純な方法でみるのではなく、もう少し学問的に、もう少し深淵に、もう少し利口な感じにして、ひとがもつ崇高で、至高という高次の意欲(モチベーション)につなげていくのが、この実践的哲学であります。

さまざまな見方でとりあえず、なんでもいいので、あなたから見えているものでもいいですし、想像のなかのものでもいいので、複雑になってそうな事物(事象ともいいます)をひとつの言語にしぼり、そこを他のものからひきだして、空間にうかせるような感じで、すこしそれに支えをいれながら、まってみるのです。

すると、その事物はそれまでかんぜんに外部のものであり、外部のものが属しているのは社会というあなたの個とは相反する相違なる媒体(ばいたい)のものだったので、あなたはそれまで考えるということでさえできない関係性でした。
この記述(エクリチュール)は仕事をしてそこから賃金である給与をもらい、生きていくことにテーゼを与えています。

実践的哲学がなければ、仕事をしないということを想像すれば、たちまち生活できなくなるから考えたくない雑念にひかれていき、脳の考える、思う、感じるという思考を運動する神経系は抑制する神経物質によって停止します。
このまま社会につくられた形式をなにも考えずに、慣習として常識化するのなら、これから先、あなたはもっとひとという神秘性に合わない選択をすることになり、からだかこころを壊し、病気になるか、精神的な問題、脳がうまく作動しなくなるために、神経系の運動の基礎である神経物質とホルモンという体液の興奮と抑制の交互作用のリズムがなくされていき、ますます社会に強いられる対象になってしまうでしょう。

それでは、あなたから生産するという本質的な生物的欲求と自然が生み出した生物的構造を運動さられなくなり、あなたはからだとこころの調和もなくしていくでしょう。
テーゼである仕事をして給与をもらう以外にどうして生活するためのお金を得ればいいのでしょうか?
あなたがいま思考できる次元は、仕事の雇用形態かいまの会社をやめて、違う会社に変わるという転職というものぐらいでしょう。

これは社会システムにあるままを理解して受け入れていることになり、社会はあなたに強いてきます。
あなた自身の構造を生産していく主体にしなければ、仕事をしても得たお金は消費といわれる浪費していく以外なく、あなたにはなにも残りません。

すこし大きな目線で世の中を見ていくことにします。
いまの仕事である会社に属して労働するところにひとに合わないなにかがある可能性を仮設にして、構造から見ていきます。

労働と給与。これはアメリカ主導の合理主義でシステム化されている

アメリカ アントニオグラムシ

アントニオ・グラムシ(1891〜1937)というイタリアで生まれた社会学者の文献をパサージュします。
グラムシは、イタリアで生まれ、貧しい生活をしながら、奨学金を得て、トリノ大学で言語学を専攻して、そこで出会った教授の反実証主義の考え方を見につけ、社会を科学的批判する実践的哲学を得ました。

伝記的な内容は簡単に見ていきますが、グラムシの生涯で起きた大きな出来事は、1917年のロシア革命があり、グラムシはロシアで指導者になったレーニンの影響から、クローチェという反実証主義を遂行する思想家に派をよせていました。当時の世界は、個人主義などはなく特に西洋(ヨーロッパ諸国)は封建主義が主導していて、その流れでロシアでは産業革命がはじまり、農奴の解放が遅れたものの、工業化への移行がはじまり、そんななかで労働者に農奴は生活の向上を求めたにもかかわらず、労働者は劣悪な環境になっていき、彼らを取りまとめる指導員ができて、ストライキが勃発したのがロシア革命です。

そんななか、労働者をうまく自由党として労働者を解放するモラトリアムをかかげたのが、レーニンでそこからロシアは、世界初となる社会主義国家が誕生しました。
そんななか、グラムシはイタリアにいましたので、イタリアではロシアの労働者の疲弊が伝わり、労働者の生活は改善されないと敗北感や絶望感をもっていたのに反して、自由主義国家の戦後危機は緩和されず、深刻化し、このころにイタリアミラノで生まれたムッソリーニ率いるファシズム運動が拡がっていました。

*ファシズムの定義

・コーポラティズム、革命、指導者原理、集団主義、国家的自給自足ーノエルオサバリン
・ファシストは国家の価値や、政治や経済などの体制を、コーポラティズムの観点に従って組織しようと努めると指摘ーハワード
・資本主義と社会主義の間の『第三の道』の展望を創造的に実現するーA.Aカリス
・コーポラティズムシステムは20世紀の文明となる事が運命づけられていると宣言ームッソリーニ

グラムシはそんなロシアレーニンの影響を受けていたイタリアにいて、イタリア社会党が分裂してイタリア共産党ができた党員として執行委員になり、レーニンが提唱する国家運営をイタリアに取り入れていこうとしたのです。

『この時期のソ連邦は、革命後の『戦時共産主義』とよばれる内戦と外国からの干渉戦争による危機の時期を抜け出し、農民の自由取引を公認する市場経済の回復を通じて緩やかに工業化を図るネップ(新経済政策)に転換した直後であり、文化・芸術面でも多様な試みが旺盛に展開されていた・・ネップはレーニンの提唱によるものであり、激しい党内論争を通じて採用されたが、レーニンの狙いには、危機のなかで崩壊した労働者と人口の大部分を占める農民との階級同盟を修復するため、農民の要求(自由取引)を認めて労働者階級のヘゲモニーを再建するという高度な政治判断があった・・』アントニオ・グラムシ;『「獄中ノート」と批判社会学の生成』鈴木富久著 p11(11)

『グラムシが学んだ言語学には、比較言語学が含まれており、これを習得している彼には、社会・文化の時代的・地域的な相違は鋭く映る・・ここにみる『政治的上部構造』とは、経済構造(この場合、資本主義)を『実在的土台』として、政治的・法律的・文化的諸関係をその上に築かれる『上部構造』としてとらえるマルクスの『経済学批判』「序言」に記された「定式」(以下、「序言定式」と略称するが、これがいわゆる史的唯物論の「公式」である)のなかの用語である・・上記の書簡は、グラムシが鋭敏に感じ取ったロシアと中・西欧各国との歴史的な諸関係総体の特徴的な差異を、この史的唯物論の概念を使ってとらえようとしていることを示している・・「構造」(経済構造をさす)と『上部構造』という二つの概念は、『獄中ノート』で重要な役割を演ずることになる・・』p12(8)

*グラムシの課題
『以上のようにヘゲモニーの思想を吸収し、各国・各地域の歴史的形状の相違を痛感していく過程で、グラムシは自分たち自身の抜本的な再検討、痛切な反省の必要性を深刻に考えた・・すでに前出の書簡に先立つ1923年11月、彼は『われわれはイタリアを知っていない』と書き、『理論上の誤り』もあって、それが『われわれを敗北とファシズムの圧制にまで導いたのだ』、自国の党幹部宛書簡でも述べている・・ここに提起されているのは、イタリア固有の歴史的形状の探求とマルクス主義理論の根本的再探求という二つの大きな課題であるが、これが、これ以降、グラムシ自身が継続的に探求していく課題となった・・』p12(16)

『グラムシは、同26年10月、未完の原稿『南部問題』の執筆に着手する・・そこでは『ヘゲモニー』の語が、レーニン的な『政治的ヘゲモニー』の意味を超えて、『文化的ヘゲモニー』をも意味するものに拡大され、イタリア後進地域『南部』のクローチェに代表される知識人層が、北部工業化と南部農家ブルジョアジーとの『工業ー農業ブロック』が支配するイタリアの統治構造においていかなる全国的機能をはたしているのかが緻密に分析される・・そしてこの分析を通じて、イタリアの近代化過程が生み出した『南部問題』が、いかに全国的な地域問題であり、また同時にその解決が、いかに北部労働者と南部農民との階級同盟の形成を必要とする階級問題であるのかを鮮やかに浮かび上がらせた・・』p14(6)

『こうしてイタリア固有の『地』の認識が顕著な進展をみせるが、他方ソ連邦では、1924年にレーニンの死亡後、しばらくすると工業化の方式をめぐって党内論争が起き、それが次第に権力闘争の様相を帯びだした・・スターリン書記長ら多数派が、強行的工業化への転換を主張するトロツキー、ジノビエフら反対派を組織的に排除(除名)する挙に出かねない動きが現れだしたのである・・この事態をグラムシはきわめて重大視し、『南部問題』の執筆と同じ10月、党政治局の名でロシア共産党中央委員会に宛て、意見対立を組織的処分に持ち込むことは、あくまでも信頼と確信にもとづかねばならない国際プロレタリアートの統一にも甚大な否定的影響を及ぼす、労働者政党の自己破壊行為であると厳しく批判する書簡を送付した・・』p14(13)

グラムシのエクリチュールをいくつかパサージュしましたが、これらをうまく理解できなくてもいいのです。
あなた自身のいまというものを見直す機会に、西洋哲学から文献を引用するというのが、まさにパサージュという経由であるのです。

どこを通っても、なにかが見つかり、娯楽や雑学であれば表層の事物は非哲学としてなにも探しだす要因にはならないこともありますが、西洋哲学や西洋で起こってきた歴史的事実を適切な書物として残っているものには、かならず哲学が内在しています。この歴史的事実を記憶することに価値はなく、歴史的事実に哲学を実践すると、それらの内在する構造がみえてきて、最初は歴史的事実に共通する背景があるなというような見方ができてきます。これを実践的哲学では、普遍性(ふへんせい)といい、すべてのものに通ずる性質として、歴史的事実にはかならず、これが内在されています。

すると、あなたはまだ哲学になれていないため、早急に、『歴史って共通する事実で、繰り返されているんだ。歴史ってだれかがいっていたように反復されるんだね。』と思っていくでしょう。
これはおおきな誤謬(ごびゅう)であり、あなたがいままで抱えてきた常識は観念によって思考を停止し、脳のなかを固定させていることをあらわにさせてしまいます。

実践的哲学では、段階的に、歴史的事実に哲学を導入し、その事象を空間にうかせ、重力下にコントロールさせながら、どう反応するのかをみていきます。
すると、その事象は、空間で運動を起こそうと反応し、普遍性の塊がはじけるような運動が起こり、そこからはがされるようにその内奥の真実が出ています。

そこには、普遍性は歴史的事実を恣意的(しいてき)に継承しようとして、数学的連続性で後世に伝えやすいかたちに変容しているため、歴史的事実は本質的には事実ではありません。

実践的哲学の段階的にアプローチ;歴史的事実に哲学を導入し、事象に空間でコントロールし運動を反応させる。恣意的につくったものが真実にさせられていると、その事象は運動が三次元に起こり、ハジけようとして、真実がその奥から漏れてくる。実践的哲学ではさらにそこから空間で事象をコントロールし運動をまち、そこからさらにアトムやモナドにしていく。

グラムシは、共産主義を作りだし資本主義を疎外だとして批判したドイツの哲学者マルクスに比べるとあまり目立ってはいません。

このグラムシをパサージュする要素としては、当時ソ連邦で起こったロシア革命の余波をイタリアはうけ、ソ連邦はプロレタリアートといった労働者を階級にして同盟化し、農業から工業化にうまくシフトできた展開であったのに、イタリアではむしろその逆であるムッソリーニはファシズムという独裁方式で農業化に依存して、イタリアは地形的に北部と南部の貧困の格差が大きく、南部のまずしい農家の生活レベルは改善しないままで、北部に中心をもつ支配層との距離は広がるばかりでした。
グラムシはソ連邦がたくさんのデモを経て、多くの個性的な指導者が生まれるなか、イタリアはまったく国家のあり方に成長がないと感じる熱量があって、上記のエクリチュールにもありますが、ソ連邦にみならい、そしてレーニンを哲学的にのりこえるように、南部問題に取り組みます。

ソ連邦を省みたのは、『ヘゲモニー』という表記で、レーニンは『政治的ヘゲモニー』を主体にしていたのを、さらに発展させ、グラムシは『文化的ヘゲモニー』にまで意味をひろげ、イタリア後進地帯『南部』のクローチェに代表される知識人層が、南部農家のブルジョアジーと連結するようにイタリアがどのように統治国家として機能するのかをみなおしました。

そんななか、ソ連邦では、レーニンが死去し、しばらくすると工業化の方式をめぐって党内論争が起き、それが次第に権力闘争になってしまい、スターリンという共産主義によって独裁していく支配層が力をもっていき、ソ連邦は崩壊するのでした。そのようなイタリアでは反ファシズムがグラムシをはじめ共産党員を逮捕し、グラムシは長い獄中生活を余儀なくされてしまいます。
上記にエクリチュールしました文献内容のパサージュは、グラムシが獄中生活で書いたノートをまとめている書物であります。

グラムシの『獄中ノート』は1948年から51年にかけて6巻からなる問題別選集としてエイナウディ社から公刊され、グラムシのエクリチュールは獄中から獄下されたあともグラムシ研究所もつぎつぎでき、グラムシ研究会議もイタリアでは年を追うごとに盛んになっていきます。

本サイトがグラムシをなぜパサージュしたのかというと、ひとつはメジャーな人物ではないため、書物が多くの著者にかかわらず、多くの見方が世の中にはなく、純粋な哲学で残されていると推測したからです。
そして、グラムシは国家の未来について実に真剣に考えていて、それが実践的哲学になっていたことです。

このグラムシの『獄中ノート』には、本サイトとおなじく、さまざまな事象がテーゼとなり、要素となっていて、それらを挙げさせていただきますと、行為(=活動)、集団、組織、規範とサンクション、集団圧力、強制と同意、支配と指導、慣習、順応主義、社会と文化、闘争と統合、エリート(知識人)と大衆、階級・階層、社会構造、国家、等々、これだけの諸要素はメジャーになっている現代哲学者にも中世の哲学者にもおらず、それらだけで、一冊の社会学概略の編纂(へんさん)が可能となるほどに社会学のさまざまな基本的諸範疇がグラムシの思考は神経系の興奮作用によって、グラムシの脳はかなりハイクオリティーに未来を先取りしていました。

このグラムシの時期は、社会学という学問がこの世にはじめて現れたときで、社会学第二世代といわれ、著名なのはM・ヴェーバーやデュルケムのテーゼが引き出した諸問題が前面に現れる時代の思想家として、グラムシはその影響をうけ、思考の運動とそれを総合化した自己の思想を形成し、20世紀初頭にかけての西欧における思想と学問総体の大変動の時期を迎えているという反面、またそことは違ったオーギュスト・コント、H・スペンサーらの社会学創始者と同じ時代に生まれながら、発想を異とするマルクス主義思潮もロシア革命を契機にしてアカデミズムな内部作用を伝播していった状況でした。

グラムシは、マルクスを支持し、マルクスを見直そうとしたマルクス主義哲学者で、それがグラムシに可能とさせたのは、実証主義批判をつうじて、歴史的に提議されている新しい諸問題を取り組めるというものへと発展できたからで、グラムシは実践哲学を行なえました。

マルクス主義自体を根底から再構築できる探求を深めえたのと、ここについてはあなたにも本サイトの実践的哲学に出会えた運命により活性させエクリチュールにしていきますが、グラムシは社会学から社会についての哲学の導入を可能にできました。社会学というのはアカデミズムに終わりやすく、グラムシのように一体の個であるひとが生み出せた社会にたいするテーゼというものまでつながりにくいものなのです。

グラムシは哲学を徹底的に実践し、みずからの政治活動問題、それは社会秩序ないし社会統合かいかにして可能かという問題と同じ問題を、真剣に取り組めるべき自己の問題を焦点にできました。
グラムシのテーゼから生まれたエクリチュールは、『知識人ー民衆ブロック』の形成という基調テーマを成立させる基底の問題を視野にできています。

グラムシは社会学の基礎せる『個人と集合体(社会)』問題とそれらを関係性としていかにとらえるかという理論問題にかんしてもグラムシは哲学を実践できているのです。
これは偶然にも、ややオーバーにいってしまいますが、本サイトの概念と方向性、ビジョンと理念がグラムシの思考の運動と一致しています。

あなたという個人が社会という集合体のなかでどのように活かせるのがよいのかについてのテーゼは長い哲学史をみていってもあまり見つかるものではありません。
社会は個人を当然のように内属している諸対象としてあつかうのですが、個人は社会に内属してしまうと確実に幸福にはなれません。

社会というのは集合体であり、そこを運営する中心はイタリアではブルジョアジーという階級層であり、世界的にはエリートや富裕層である支配層という人間たちです。グラムシは社会にも個人にも実践的哲学を導入できているので、『個人』と『社会という集合体』は相違であるところまで説けています。
個人と社会は別次元であり、『集合体』をその構成者としての諸個人から分離された超越的実体であるかにみなす抽象的な見地が退けられています。

そしてグラムシは個人という自己性について、『重複成員性』として大小多様な集合体に重層的に参加しているものとして個人は二重性を備えた活動的に関係する可変的な範囲においての他者たちを自己の一部とする自己包括複合体として不断に自己を構成し再構成する過程、その意味でたえず自己の『個人性』をみずから超えていく過程として理解されているのです。
エクリチュールとしては意味深く、論理的の作用が抑制され、こころに響かれてような構成で描かれていますが、個人というのは社会の一部だけでなく、多様な存在として、個人の自己性を超越的な地点にまで行きつくものだとグラムシは実践的哲学によって導かれています。

『「自己」を境界づける範囲じたいが、そこに構成されるその内容において、自己の活動的関係の拡大・発展につれて当の個人が属する多様な諸集合体を通じてその成員となりつつあるところの統一への途上にあるものとしての人類全体の範囲(最大の集合体)が展望される・・個人の力は確かに小さいが、「共同組織(アソシエーション)」という新たな集合体の創設・参加を通じて自己の力を何層倍にも拡大しうることも語られる・・』アントニオ・グラムシ;『「獄中ノート」と批判社会学の生成』鈴木富久著 p31(11)

あなたはこのグラムシをパサージュする価値がおおいにあります。
あのような時代背景がそのような明晰な概念を生んだのはおおきく関与していますが、いまのあなたの生きる場面を考えると、国家と個人の関係はこのグラムシの名案はなされずに、世界は資本主義にモデルチェンジしていき、個人が潜在的にもつ多様性は労働とお金もあいだに疎外されていきました。

このグラムシの概念は実現されずに終わっていて、本質というのは、グラムシのころもいまも変わらない構造であり、グラムシから実践的哲学を再考して、実現するように実践しなければ、これからの未来はなにも見えてきません。
国家より個人の力は他国へと密接につながりをみせ、脱領土化や脱戸籍化の実現を早めることが可能となると推測できます。
国家を運営するのは国民が絶対服従で、国家の支配層が自己顕示欲のためと自己欺瞞の代償のために富の権力へ集中をやめようとしないため、個人の生は奪いとられています。

グラムシの概念をパサージュします。
国家の支配層はなんとか個人が台頭するシステムを破棄しようとする反作用がおこり、個人に常識を全体性のより再認識させる力は、グラムシがいっている概念をラジカルに把握され、『現実』の変革は、既成の『現実』を生成させている既成の『活動』様式・行為様式の変更とさせていきました。

グラムシはそのような概念のくつがえしを、『実践の転覆』とよび、それは性質上、社会全体の規模で推進されるものであり、この『実践の転覆』を推進する『協同』の組織化が、『知識人ー民衆の社会的ブロック』形成にほかならないものです。
グラムシは、実践的哲学で、『人間』を本質的に説いていました。

グラムシは『絶対的歴史主義=絶対的人間主義』の人間の概念として、『人類の統一』や社会的現実の変革の問題につながりあえ、『個人と集合体(社会)』の問題をも、この最大限に広い視野から首尾一貫している基礎として考察されています。

女性が幸福になるための実践的哲学。グラムシの『獄中ノート』体系の構造と『実践の哲学』

グラムシが遺した『ノート』には、さまざまなタイプを合わせると29冊になり、1929年2月から35年6月あたりまでの6年半ほどの間に執筆されました。

各ノートには、哲学、歴史、政治、経済、倫理、文化、芸術、言語、宗教の諸領域や科学論、さらにはイスラム世界や中国・日本を含む比較論的な世界領域地域・諸国の考察など、幅広い範囲にわたる多種多様な考察が、断片的な覚書(おぼえがき)としてびっしりと書き込まれています。

グラムシは獄中でひたすらに自分の思考から発しられる思想をノートにまとめるという行為がそのまま目的を含有していたので、出版されるために書かれていないため、独自の用語法などもあって、簡単に読めるものではありません。
本サイトは運よく、鈴木富久氏が著された『「獄中ノート」と批判社会学の生成』に出会え、パサージュできるため、読んでいただいているあなたにも、もう一段階わかりやすく、脱構築できることができています。

このグラムシの『ノート』は、ふたつの概念があり、それらが二重のテーマとなっていて、それはイタリア研究とマルクス主義論理研究との一貫した継続と発展の線上での拡大再編としてとらえられます。
グラムシの『ノート』には哲学、政治学、歴史研究の四題がかかれており、『ノート』にはなんども反復されている表記が『哲学・政治・歴史の同一性』という命題であり、これらの四題はこの命題に一貫してエクリチュールされています。

グラムシにおける『ノート』全体に流れる基調テーマはなにであるのでしょうか?
グラムシにおける哲学の『根本的問題』がその基調となるのであるが、グラムシは独自な哲学を実践しています。
哲学の現実的な機能を歴史主義的に徹底して問う見地から『あらゆる世界観、あらゆる哲学』の『根本的問題』は、哲学がイデオロギーとして一つの文化運動あるいは宗教・信仰等となって『全社会的ブロック』を形成するという問題にあると考えているのです。

*哲学の慣例のテーゼからの『根本的問題』は、物質と精神、あるいは存在と意識のいずれが根本ないし第一次的かという点にあるといわれ、物質・存在と答える『唯物論』と、精神・意識と考える『観念論』とに分かれるといわれている。

グラムシがいいたいのは、知識人層(の知的諸活動の基礎に抱かれている哲学)と民衆とが社会的ブロックを形成するという問題としてとらえなおすことができます。このようにとらえなおすと、その問題が、表層的なものではなく、それは知識人と民衆の社会的ブロックの形成という問題が、哲学のみならず、政治学にも歴史研究にも貫くことになり、前述した『ノート』の四題は一貫してグラムシのテーゼになっているのです。

グラムシはイタリアの研究とマルクス主義の考察をしようとしていますので、マルクスがつくった社会体制をもういちど立てなおすのです。
『序言定式』(マルクス)の『土台(経済構造)ー上部構造』論の再解釈による、『構造ー上部構造』論という『実践の哲学』の理論枠組においてとらえられ、あらゆる個別の諸問題もこの枠組内に位置づけられ考察されることになります。
ここでは『実践の哲学』自体がひとつのイデオロギーとして、他のあらゆるイデオロギーと同じく構造の矛盾を反映したひとつの上部構造であると位置づけられています。

グラムシは他のイデオロギーにたいする優位性を自分の哲学に見いだしていて、それは『諸矛盾の意識的表現』として『諸矛盾の合理的反映』であり、『諸矛盾の十全な意識』であることととらえられるのです。
それゆえに、『実践の哲学』は、自己の理論の内に自己自身を、他のイデオロギー・哲学と同じ方法で位置づけを説明し、また批判もするという真に自己言及的かつ自己再帰的な理論にもなっていけるのです。

あなたはこのエクリチュールで、現実というものから離れることができています。
いま、この時間はあなたは自己というものが社会から引き離され、自己だけが哲学を実践できる状態です。
グラムシはいま、この世を去っていますし、あの頃の社会の情勢はいまはありませんが、おなじ構造であるひとが生きたという心的な領域で省察するのはあなたの脳の想像力の運動です。

グラムシは、いまはいませんし、あなたに語りかけることはあり得ませんが、この『ノート』というエクリチュールによって、あなたはそのころのグラムシの精神に近づけ、感覚的には一致できます。
グラムシがあなたにエクリチュールしているのは、なんども反復していきますが、マルクスを考察した構造である構造と上部構造との一体化を『歴史的ブロック』とよび、知識人ー民衆の社会的ブロックによって創造される、と考えています。
あなたはこの概念のどこに適応するのかというと、本サイトで哲学を実践し、脳に思考につながる神経系を興奮していただき、知識人層に内属していただきます。

あなたが知識人層となり、民衆の位置づけにはいるのは、実践的哲学をしていない労働者層であります。ここはまだ未確認で、未知なるものでありますので、丁寧な哲学によりあなたが幸福になっていけるものの見方を磨いていきましょう。
このグラムシの『実践の哲学』の『構造ー上部構造』論は、たんに認識の枠組・認識の原理にあるだけではなく、それに通じてある社会集団(プロレタリアートという階級)や個人が、『自己自身を諸矛盾の要素として位置づけ』、『自己自身の社会的存在、自己自身の力、自己自身の課題、自分自身の生成の意識を獲得する』ことにより、新しい知識人ー民衆ブロック、新しい歴史的ブロックを創造して歴史を刷新する主体へと自己を高める『行動の原理』でもあると考えられています。

グラムシは、丁寧に哲学を実践して、あなたに個人としての位置づけを具体的に表現してくれています。
あなたは社会的な道徳観念を必然的にもつ動物として生きてきたことで、自己探求することもなく、なにを行なっても自分に自信がもてず、進化論を信じ、物事やそれらが内属する諸現象はいつか終わりがくるものだと、最初から自己を探求する余地をすべてうしなってきました。


本サイトは、女性が自分の知り、それまで欲求は食欲、性欲、消費欲と思われていた基準を、知的欲求に変更する目的で作られています。
どうしてこのような女性専用でしかも、今の世の中ではほとんど行なわれていない哲学を内蔵させたのか?
この問い(テーゼ)の今の段階でわかっている地点は、女性には感性という自由な神経系を持つというところからです。
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西洋哲学の文献引用は、そこから得られるたくさんの知恵もありますが、それはあくまでもあなた自身が社会構造に不適切な影響を受け、思考がとまっている内部の状態に気づいていくための、素直なパサージュ(経由)であるのです。

*本サイトの実践的哲学の月額2700円(税込)
問いかけは、何度でもかまいません。
ネットを使ってのパロールの解除から社会構造の断絶。
そこからエクリチュールの知覚発生。
感じたことを表現したくなる欲求の運動の感覚の実感。
エクリチュールで自己表現し、自分に気づき、ひとりで過ごす時間を充実させる。
今度は、実際に対面してひとに会いたいという欲求の表出。
そこからはさらにエロティシズムという至高性という最高位のひとの活動である精神性と芸術性に。
そこまでいけば、本サイト運営にかかわるひととの対面から、パロールによって再起動へ。
すべては女性のビジョンの発掘と、女性の幸福のために概念化のため。

*実践的哲学

これは女性のために立ち上げられた日常的に行なえる手軽な哲学の実践。
西洋哲学をパサージュ(経由)して、西洋が到達できなかった哲学的実践をたどり、まだ途中となっている本質の追求を引き継いだのが実践的哲学を運営する本サイト。このサイトは成長、発展のさいちゅうであると理解しており、多くの女性よりは少し前進する位置で研究や研鑽(けんさん)を行ない、女性がわかりやすく生きれるように導いていくのが本サイトの目的。
今日までの男性社会が主導権を握っていた社会構造はますます弱体されていて、それが見えてきているのが、お金がすべてだという強い権威志向でなっている。
そんな世界に女性がいると、女性もそれに巻きこまれてしまって、せっかくの女性の感性や感覚という機能が磨けなくなり、女性が生きることの活動のための根幹にある身体には、唯一のビジョンを探し出そうとしているのに、脳のなかがそれに応じるシステムでなくなっていて、それを解除して新しくするのが、実践的哲学。女性のための哲学である。
*実践的哲学の基礎知識

実践的哲学とは、2017年に発動した女性専用の哲学サイトであります。
社会構造は依然として昔に回帰する保守(ほしゅ)という方向が強くなってきているなかで、女性をとりまく労働条件は見た目の制度は表現には正当なものをつくりだしてきていますが、現実はそうではありません。
それをいち早く予期した本サイトは、女性の脳のなかを縛っている価値意識を神経系の運動を入力することで運動で日常的に学習されてしまった女性の感性や感覚を抑制を解除しようという実践をおこなっております。
そのためには、何度も現状の社会構造についての記述(エクリチュール)をこちらから発信し、それを見ていただきます。
そして、女性の構造というのはありのままの形象から見て、本当はもっと感性が豊かで感覚が優れているのですよ、というどこからも否定できない事実に目を向けていただき、自分を知ってもらい、女性がもつ女性という構造的にそれだけの潜在性があるんだということに感覚で見直し、それが自己の初期化になって、一から生に意思を与えようということをおこなっております。
日常的に女性はよく他者とお話をするものですが、それは日常的な時事から離れたところから自分や他者を見つめたうえで話をしているのではないのです。
それでは感性や感覚が磨かれるはずはありません。それを本サイトは、集団から女性を切り離し(断絶)し、徹底して個の状態にします。そうして、女性の神経系に運動を繰り返し与え、それを何度も反復すれば、女性からみた現実の空間というのは、いま知っている現実界とは全然違っているものであることに驚きをかくせないでしょう。

*哲学を実践するとは

哲学というのはいまを否定し、未来を直接見るために現状のものの見方に運動を与え、そこからリセットさせ、一から神経系の運動を生成させる実践です。


本サイトでは、女性の心の疲れを取る、心の不安を解消する、心に癒しを与える、女性が生きていて幸福感と充足感を得られるために、西洋哲学の文献引用をし、作者の主観を外すために、読みにくい、比喩や隠喩、または文脈上のレトリックと言われる修辞学、これは雄弁術、弁証術、説得術ともいわれる記述上の技法を駆使しているため、女性は書物を読むのが難しくなってしまっているのです。それを、本サイトでは、断絶して、切り取られた文節で、タイトルをつけ、何が書かれているのかを見やすくしています。接続詞や感嘆詞、副詞を外し、主語と動詞に絞っているため、読みやすくなっています。

なぜ、本サイトでは、西洋哲学の文献引用を記述しているのかというと、日本人というのは、島国で曖昧さにより、女性のなかに潜み、隠れている自己を捻出するのが難しいからです。つまり、女性が抱えている心の疲れや心の不安は、曖昧さからきており、西洋哲学の文献引用を読み、知的欲求が抑制されているところを目覚めさせ、興奮させることによって、女性は知的さを高めると、心の不安が安定に変化するという感覚が知り得てくるからです。

その文献引用をパサージュ集と命名しています。
パサージュ集についての、コンセプトは次の記述をご覧ください。
女性の心を癒す落ちつかせるパサージュ|女性の不安を取る励ますための実践的哲学

パサージュ集は、本を読まなくなっている今世紀に重要な価値を女性であるあなたに与えることになるでしょう。
女性は、男性とは違ってホルモンの生成が年齢に関係なく豊富であり、今日まで信じられていた美意識は、性的な愛や恋に捉えれていましたが、実はそうではなく、知的欲求に性的欲求があることを本サイトが証明していっています。
女性は、知的欲求を磨くと、驚くほど、美しくなり、輝き、オーラが現れ、自己が確立して、生き方が変わっていきます。
その経験を、このパサージュ集を眺め見ることで、書物を一から読むよりも美的効果がありますので、ご期待くださいね。
パサージュ集に関して、お聞きになりたい疑問がありましたら、お気軽にご連絡ください。

本を購入することはネットから容易に行なうことができますが、その中に埋もれてる女性の知的欲求を磨くためのコンテンツ(文体)に出会えません。
そして、女性は多忙な生活を送っているのに、その中に本を探しに行き、そこから良いコンテンツに出会うまでの時間的余裕がまったくありません。
そのような事情から、現代小説のような連続性を内在させた形式に縛られたものや、すぐに結果が出るためには?のようなハウツー系に手を出してしまい、結局すぐにその本を読み終えても、知的欲求が刺激されることはほとんどありません。
本サイトはそのような事情をふまえて、コンテンツを中心に記載し、その文脈も哲学性がないものはまったく採用しておりません。
本サイトを運営する哲学性を持つ専門者が、吟味して、あなたの生きる時間を想像して選出しており、アナログで入力するため、未完成のままであります。
随時、更新させていきますので、ぜひご活用頂ければなと存じます。

本サイトの女性の心の疲れと不安を取るためのパサージュ集

女性のための幸福をつくり出す哲学|細菌学者フレミングの偶然と実践のエロティシズム

女性の美意識高めるために|ショーペンハウアーの存在と苦悩で女性の心の本質をパサージュ

ベートーベンを乗り越えたリヒャルト・ワーグナー|女性の心を癒すオキシトシンを増やすパサージュ

バタイユの至高性で女性のエロティシズム高める美意識に磨きにパサージュ


実践的哲学用語

*知覚とは?
本サイトが実践的哲学を行なうことで興奮するのが知覚と定めている。もっとも女性のなかの根底にあって、微細なエネルギーであるのに、身体や心の端から端へと末梢という皮膚と筋肉のあいだの毛細血管の反応をよくする器官としている。知覚は医学的には神経系の感覚が脳の感覚野という連合作用をつくるもので、無意識的とされているが、本サイトでは西洋哲学と精神分析者であるフロイトとラカンをパサージュ(経由)し、知覚は胎児期から出生時に起こされたどこにもつながらないで起動した根底の運動だと考えている。

1,自己内の神経系が末梢に伝達するリズムが失われてそれを探している

2,自分のリズムを失われていったため、頼るものがなくなり、それが発達時の周囲のおとなに合わせていった喪失感

3,社会がつくった人工的な不安という認識に追いかけてもどこにもなく、自分は不安だから人間関係や仕事、家族との関係を断ち切れないとする誤作動の疲れ

4,本質的にもっている身体のリズムを探したいのに探せない焦りと不完全な感覚。自分らしく生きようとしても手がかりがなく諦めてしまう自分への嫌悪感

*実践的哲学;禁止を侵犯するエロティシズム
実践的哲学では、エクリチュールのフィールドで思考に運動を与え、見てはいけないところだとか、いつもなら思ってしまうと仕事をしていくうえで、それが集団生活においての都合上での弊害がうまれるために、思考を停止させている領域。そこに運動を与え、運動を促していき、いつもなら見えないところをともに見ていこうとする実践である。思ってはいけないというのは、人間には基本的人権を尊重され、思想の自由が保障されているのにそれができないのは自由ではない。実践的哲学は、西洋哲学をパサージュ(経由)して脳のなかの大枠として外延に安定をあたえておいてから、思考に運動をさせていく。知らないことを知るように、考えてはいけないのに考えてしまうのは禁止という事項を壊すという侵犯がうまれ、社会に規定された認識ばかりが脳を支配して、自由を抑制されていた神経系を快楽にもっていけて、神経系の運動の起点を作り出せる。これを実践的哲学ではエロティシズムという。

本サイトでは、エクリチュールのなかに、なんども自然発生されたテーゼを重ねていき、西洋の表現をすれば、ランダムに言語を出力させていくことで、規則性が見えなくなり、あなたの脳のなかは体系となっていた一連の非哲学からの非運動は気づきに変わっていくのです。
規則性が見えなくなると、エクリチュールのなかで、どこかでそれが出てきたなと読解された非規則な言語はより意味をはく奪されて、意味の失われた言語は記号となっていきます。
あなたは本サイトのエクリチュールは、言語を記号にしていき、脳のなかの痕跡に近づけ、最高の神経系のパフォーマンスを生むための興奮という作用を生み出していく実践。

この記事のライターのtakが行なうコアパーソナルトレーニング。
実践的哲学に入る前に、脳を初期化するために、まずからだを調整し、大地と共有させておくことです。それを主にしたパーソナルトレーニングが次の記事で書いてありますので、ぜひご覧くださいね。

からだを発達時に戻して姿勢を美しいセットアップさせる

からだを重力の中で安定させ軽くして皮ふと筋肉のセンサーを刺激する

女性が美しく痩せるには?重力のラインに垂直に持ち上げる感覚刺激の反復で美しい姿勢のシステムとホルモンバランスシステムを高める

ジムに行って痩せたとしてもお腹のお肉は取れない決定的な理由はからだへのストレス

コア美人を目指そう|七回のコアパーソナルトレーニングで永遠の美を手に入れる

コアの鍛え方と磨き方の修正。コアは発達時の姿勢を取り一番安定するポジションを探す。コアパーソナルトレーニングの価値

姿勢改善で猫背のゆがんだ脊柱をコアコントロールでまっすぐに。姿勢を改善すると代謝システムが永遠に続く

女性を大地と結ぶBeauty-Core-Concept

BCC理論と他のパーソナルトレーニングの違い

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tak

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