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これからが本気に真剣に。40代女性の生き方見直し|できることよりやりたいこと。

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40代女性の生き方を変えていく。これからの不安をエネルギーに変える。

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若くて、少々眠らなくても遊べたと認識していた30代が終わり、40代に突入したら女性は急に自分のことを考え始め、それまではほとんど深く思考を運動したことがないため、深刻になり、本当はもっと真剣に考えたほうが良いのに、不安が強くなり過ぎて、思考を止めてしまいます。

その気持ちはとてもよく理解できます。
30代の頃は、生きていても、仕事をし、恋愛をし、友だちと遊んでいたら、それで時間の連続性はそのままの様相であなたに語りかけてくれました。
「若いうちは、楽しまないとね。」と言った、どこから出てきたのか分からないパロール(発音を伴う話し言葉)に惑わせ、それが30代の頃は惑わされていたとは思いませんでした。

すべてが時間が未来に向かっていく回転運動が起きていて、その時の流れに身を任せれば、何もかもがこのまま続くと思ったものでした。
このことも、あなたが40代女性になったからこそ分かったのですから、30代の頃に気づかなくても、あなたはあなたを責める必要はないのです。
しかし、あなたはこの世に、女性という性を受け、真面目のそれを背負ってきた真面目な人間です。
社会があなたに要求してきた通りに、あなたは引き受けけ、それをまったく今でも棄てられずにいます。
それを背負うことが、心に負荷がかかり、心が窮屈になっているのを知っていても、その重荷をどこかに置いておくことができません。

どうしたものでしょうか?
このままそんな重荷を抱えたまま、生きていけるのでしょうか?
その解答はあなたの中では、もう見えていて、40代になって分かってきたのは、どうしてもっと生きることについて考えてこなかったのだろうという、憂鬱な問いかけでした。

今のあなたには自分に対する違和感があるのです。
それは30代後半から少しずつ感じてきていました。
漠然としていましたが、このままでは楽しくない40代になってしまうと、焦燥感と空虚感は、年々毎日のようにつきまっとっていました。
次第に、それがまだ確立されてしない未熟な自己(自我ともいえます)に襲いかかってきていました。
逃げ出そうにも、逃げ出せない、それは数量で淡白に表現してくれる年齢という形があるからです。

40代女性の悩み;年齢という数字がいたたまれない様相で思考の運動を停止し、一つの生き方に縛っていく。

30代女性から40代女性になったからといって何が変わるというのでしょうか?
数量というのは因数分解され、あなたの感覚神経が興奮しないときに、年齢について言われると、発散と収束がリズムを失います。
あなたの内部運動が作動する前に、体内に侵入されると、その言語(情報)は、集合体を作ります。それもかなり高速に、強度は高い設定です。
気づきというのは差異という事象を入力系により脱構築した後の諸要素を内包し、発散しようとする反転される運動をあなたが沈黙を保持していたなら、発散されそうになった諸要素は包摂され、あなたは新しい思考を手に入れます。

これがあなたの内部で行われたなら、40代になっても、連続性を否定的に見て、本質を実践的哲学で非連続で生きていけました。
しかし、今のあなたはそうではありません。
40代になってから、あなたは以前とは何かが違っているのではという意識がそこから脱却させてくれません。
あなたからみなぎるように満たされたエネルギーの消費は、未来にあなた自身を進行させてくれますが、今はそのエネルギーを使えません。

実践的哲学で年齢の格差を消失させる

第一段階の実践的哲学として、年齢を数量で捉える認識を外していきます。
30代の頃の軽やかさと現在の40代になったあなたの心の疲れ、非自由な運動は焦燥感などの不快な感覚に電源が入るほどに神経系は興奮よりも抑制系を強めていきます。
そうなると、抑制系はあなたの脳幹から偶発的リズムによって生成された覚醒を経由したエネルギーはどこにも発散できません。

どうして30代の頃は良かったと思えるのでしょうか?
この頃の女性の基本的な出来事として、婚姻の有無があります。
この婚姻は象徴界という男性社会が権威を維持しようとする幻想の世界での慣例です。
女性であるあなたはこの象徴界で提唱されてきた婚姻の伝統は、性を棄てられずに生きてきたため、継承しなければならないと認識されました。
象徴界から決定された事例は幻想であるため、神経系は電圧を生得的反射で抑制し、あなた自身のエネルギーは使用できない状態となってしまっていました。

失われたエネルギーを高めないと、あなたはこの世で生きていけません。
あなたに課されたのは二つの選択でした。

・去勢というファロスという性欲を捨て、象徴界で生きていく。
・象徴界を拒否し現実界に独自の概念を立てて幸福を確立した生き方をする。

脳幹からエネルギーは随時、生成されています。
今のあなたもそうで、そのエネルギーは幾何学的作用を停止して、世界とその世界の周縁を外延とした本質を求めていける形態が器官を運動させてくれます。
幾何学的作用とは、形相を根底の喪失から歪ませ、捻らせ、違った事象に変容することをいいます。
40代になったあなたの体内、身体での満悦な快楽系のホルモン放出に反し、魅惑は魅力を内包し、美し過ぎるあなたの根源の美に弁証法が作動し、エネルギーは幾何学的作用に呑まれてしまっています。

エネルギーは物理的運動から収束と発散を反復します。
思考とエネルギーは、密接な関係を保持し、30代から40代になると現実に見えている世界が全然違っているのは、思考が象徴界との癒着に精を出しているからなのです。

あなたが見えている現実の世界は幻想という世界です。
世界と表現すると、そのところにある(存在する)と思っています。
実のところ、世界と表現するのは、あなたが規定している世界がそこにはないために、世界という虚偽なる言語を使用します。
これは、西洋思考の哲学と科学の起源であるとされる古代ギリシャでたびたび行われていた弁論術というレトリックであります。
本当にあったかのように言語を使い、実態のないものを言語を介して存在化させるのです。
本当にないものと本当にあるものの差異は、あなたの想像の中ではそれほど大きな格差はありません。
あなたの隣の家(マンションなら部屋)に誰かが住んでいるのは、実態を見なくても、家があるならそこに人は住んでいるだろうと無意識的意識によってもうそのように思ってしまっています。
ある時、そこに人は住んでいない事実が発覚すると、あなたは意外な表情で感嘆します。ずっと住んでいると思っていたと、自分に問いかけますが、神経系は鈍磨となっているため、再学習できるぐらいの興奮作用はありません。

ここに事象を見直せる契機が生まれます。
神経系が興奮するのは、神経線維に入力された刺激に差異を保持しながら一定の閾値を超える圧力が必要です。
隣に家があると、そもそこには人がいるだろうと無意識的意識がそう認識させるのはレトリックという形式があなたの中枢のサーバーである脳にあるからです。
レトリックで実態がないのに、存在という問いかけを経て非存在を確認した上でその幻想に言語を介入させるのがレトリックです。
レトリックというのは修辞学、弁論術、弁証術とも言われ、中世になると神の存在を包括し、文彩に技法を入れ、神の存在を見えなくするという形式が発達しました。
言語活動がパロール(話し言葉、権威が残ります)のまま記述するエクリチュールが中世以降発達したところ、さまざま技法も生まれました。
それが比喩、換喩、隠喩などの例えるという幾何学的作用である言語のトポロジーであります。

では、あなたはこの現実の世界を世界と思っているのは、その世界が現実だと思わせるだけのパロールによるレトリック作用が想像の中で起きているからです。
どうしてあなたはこのレトリック作用を想像の中で使ってしまっているのでしょうか?
または、どうしていつの間に、レトリックで物事を見るようになったのでしょうか?

こうして実践的哲学でエクリチュールできることで、あなたはこのエクリチュールを読み、気づかされました。
エクリチュールがなければ、レトリックはあなたをいつまでも超越させるぐらいの世界を観念とした世界観を作り出したことでしょう。
あなたはこれまでの時間に世界観という見方で、物事や他者を見たことがあります。世界観という表現は、悪より善のイメージで捉えています。
この表現がもうレトリックが作動されていますが、それだけ想像やクリエイティブ、デザインなどは世界を世界と見る言語作用によるレトリックなのです。
あの人の独善たる世界は個性的で魅力だと憧れてしまうあなたもいます。
情報が氾濫し、あなたもこのSNSに嫌でも関わり、どこかでクリエイティブにならなければと思ったり、デザイン性があったら人から認めてもらえるのではないかと、あなたが背負っている女性の性、それが身体での異物となって固まった不快な感覚を棄てようとしているのに、周囲の情報があなたのレトリックの言語を発作的にし、止められないのです。

レトリックを使用すると、現実を感覚、欲望から生成されるのは知覚と言われますが、無意識を意識に繋ぐときに興奮する運動、活動が知覚であり、知覚が言語に到達すると知覚は言語により抑制されていきます。
つまり、あなたの形成するのは身体での知覚に留まります。
知覚以上の感覚情報は言語を通じているため、レトリック作用も多角化され、真実は幻想となり、その感覚情報は非感覚であるため、実態がないところに無意識的意識の作用が、存在を問うていきます。
実態のないところでしか問えないのが、存在という超越的存在論と言われた外部から見た現実の世界である幻想であります。

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40代女性の生き方革命。できることより、やりたいことを言語を通じて形にして言語を消去させる。

エクリチュールで二つの選択があると命題にさせて頂きました。
一つ目が、今のままのあなた自身を維持するには、去勢によって性を棄てること、ファロスという認識を理解すること。
もう一つが、象徴界を拒否して現実界にあなた自身の哲学を生成させ独自の概念を立てる生き方をする、でした。

自然に過ごしていると、あなたの中のこの世界、今世紀、一生、年齢的観念などの言語作用からすべてがそうなっているとされていく歴史観が揺れ動く情動を固定させるのです。
疲れが溜まると身体現象で症状として発覚する眩暈(めまい)があります。
眩暈は、原因不明の症状で、医学的には三半規管の過剰運動、耳石の逸脱、小脳の制御不全とされていますが、ビタミン剤などによる血流改善を測る診断しかありません。
揺れ動く視野から入力される外部景観と視覚、聴覚、身体による床反力での重心の知覚制御の連合が乱れるときに、感覚神経系に制御させると自然に揺れ動く症状は抑制され、眩暈は消えていきますが、言語観念が危険を感じ、病気ではないのかと自分を懐疑し、自分に対する信頼がなくなるという揺れ動くものを固定しようとして眩暈が起きるのです。

医学的な手立てがないのは必然で、言語観念が作用するため、身体知覚を再入力するのか、言語観念を言語介入によって抑制する実践が必要となるのです。
自然に過ごしていると、二つの選択のうち、象徴界に留まろうとする観念が強く働きます。
二つ目の選択性は実践的哲学で自分の経験を感情を経由し、その感情を抑制し、破棄すると、脱構築が開始されます。
そこから、総体だったものが、事象の外延が見えてきて、そこから内部も知覚していけ、核にある軸の回転運動が見えてきます。
これは、諸要素となり、あなたは哲学的実践を何度も実践してくると、要素に哲学的な運動を与え、現実化することができます。

それまでは、世界であると思えていた世界は虚無だった真実が見えてきます。
しかし、多くの人は実践的哲学を知りませんので、揺れ動くことが予測されると、眩暈と同じ現象の揺れ動く運動を抑制しようとしてしまい、二つ目より一つ目の選択をします。
選択といいましたが、実際は物理作用のない非流動、無規則、線状系ではなく、規則的で観念的です。

揺れを潜在的に持つ運動とは、どうしても考えられないあなた自身がいます。
一面性に信仰性と正当化を与え、揺れを感じ取ることへの好奇心や興味を抑制します。神経系にはそのような感覚は持っていないため、揺れを止める要因をあなたは持っていません。
でも、あなたの心、精神は揺れを止めるスイッチを持ち、それを内面の何かで押しています。
揺れを制御し、神経系は中枢に定置する行動プログラムを更新してくれる細胞群である小脳や基底核といわれる器官は興奮するために神経物質の濃度を上げる準備をしてくれています。
そのような身体内部の非言語作用の器官、つまり言語がまったく入っていけない領域で、あなたの生きることに真の華を持たせてあげようとしてくれている器官の期待を裏切ってしまうのです。

二つの選択のうち、揺れを一生起こさないようにするために、一面性に信仰した幼い頃の記憶を思い出し、あなたになかの観念は一連の思考の固定パターンを作って、併置し、善の観念まで与えるのです。
そこに内在されているのが、ファロスという観念です。
ファロスというのは、男性の象徴である男性器を想定する神話的作用です。
この男性器というのは、性的なものではなく、セックスによる性交を想像させるものではなく、性別の識別での権威を導入するためのシンボリック(象徴的)なレトリック(弁論術の用語)です。

ファロスはどのようなことを内在しているのでしょうか。
男性社会を絶対性とする世界に整合させるために精神的儀式と言えます。
これは、資本主義システムが開始された19世紀後半から導入された、精神的作用で、自然が運動の基調になるべきなのが、世界を基準に常識という観念で、生きることに制約を与える生き方の選択です。
本サイトの実践的哲学を40代女性に設定させておりますが、どうして40代女性なのかというと、現在の生きるという与えられた寿命が女性は85歳ぐらいですので、その半分に値する時期、それが40代であります。
生きることの想定された時間配分のちょうど半分にあたる40代は、生きることを折り返す段階です。

40代女性が中心をなって世界観を否定し生を実践して明らかにする

あなたがうまれたとき、この世界は存在していました。
存在とは、最もらしい世界の規定を作ってくれるのですが、それがあなたが生きる運命を宿命としてしまったのです。
運命とは、命に有を与え、運動を起こすことを表現していますが、あなたは宿命を運命と思い込んだのでした。
存在と記述しましたが、あなたは存在を乳児の頃、無意識のうちに問いてきました。
この問いをあなたはなぜだとお考えですか?
存在を問うてきたわけは何だか分かりますか?

あなたを自己から分離した第一段階がありました。
それは口唇期の時期に覚えてしまう身体内から発動した欲望を抑圧した経験のすぐ後に、言語を少しずつ覚えてきました。
その頃でした。
言語を覚えるきっかけは、あなたをあなたで呼ぶのではなく、親から命名された固有名詞で呼ばれたときでした。
あなたは、自分のことを欲望と知覚で感じていたのに、口唇期の覚えた抑圧とうまくリンクしてしまったのが、命名されたあなたの名(下の名前)だったのです。

あなたは言語発達が未熟でしたが、そのとき、親や他の大人からあなたは何度も名前で呼ばれました。
「◯◯ちゃん」「◯◯」などと。
あなたが口唇期をより越えようとしているところに、あなたの知覚を存在という見方にシフトさせてしまうのでした。
どこの親でも、自分の子供の名前を呼ばない親はいません。
ですから、その出来事については、そんな特殊なことでもなく、不適切なことでもありません。
あなたを個体を見たときに、現在の生きていてもなかなか幸福感や充足感にたどりつけない因子がここにあったのです。

口唇期から言語発達期に起こった影響;抑圧に向き合っていて、そこに命名の連呼により、あなたは自分を名証された他者となっていく。

あなたは自分を他者の目で自分を見ることを覚え、自分のことを知覚と欲望の接地点で実態を得るはずが、命名の連呼(この記述は恣意的にそうされたことを意味させている)があなたを他者にしてしまいました。
それが一人の有機体を社会や地域、一人の人間の経歴、家柄、職歴などが含まれた恣意的な人間となり、世界の認識する創出された人間となっていったのです。

有機体でありたいと欲してるあなたの本性と人間であろうとする世界観の支配がいつも弁証法がかかり、抜け出せない対立関係となっていったのです。
あなたは自分の知覚を欲望を起源にされ、欲望は象徴界に束縛されてしまったのです。
自分の欲望は自分では出力させることができません。
つまり、あなたは社会という世界の中の人間となっていきました。
欲望から神経線維は各器官に枝を伸ばしています。
これを欲求というのです。あなたが生きることに興味を持ち、生きることがいつも享楽で、エロティシズムがあって時間の流れの沿いながら、過去を再起動させながら破壊させ、そこからエネルギーを再生産できる快楽は、欲望と欲求が繋がり合わないといけません。

その関係性は有機体という生物体を持つあなたならそのままの自分でいればそのまま発揮できるのです。
でも、あなたはそうではありません。
この世が誕生してから今日まで、幸福感や充足感を満たして生きてこれた人は皆無でしょう。
西洋から誕生した科学、哲学、宗教はさまざまな問いかけを繰り返し、偉大な宗教家や哲学者が懐疑し、弁証法を使い、脱構築まで行なってきましたが、幸福感や充足感を得ることはできなかったのです。

でも、あなたは今40代女性になり、真の生きることから幸福感や充足感を実証することができるのです。
これは時代がそうさせたとか、親子関係や文化、慣例がなくなっていき、過去を問いかけやすくなったというわけでもありません。
なぜ、あなたが真の幸福感や充足感を説くことが可能であるのかは、思って頂いているよりも、素直で直接的な事実であります。
それは、この記述(記事)に出会っているからです。
つまり、この記述は、生を運動させたエクリチュールであるからです。

これはどういうことかといいますと、エクリチュールというのは、レトリックという弁論術を導入しておらず、つまりそれはメタファーである隠喩、比喩、換喩などを最小限に抑えた記述であることで、あなたの神経系に入力を実践できているからです。

レトリックを抑制;多くの記述は、事象を哲学せずに大きく膨らますことで事実とは異なる表現となり、読者は数々のメタファーにより現実感がなく、欲望と知覚はそのまま停止されていく。この記述はレトリック抑制に挑んでいる。

あなたは現在40代女性になりました。
この年齢の表記をするのは、象徴界に合わせて、一度あなたの認識に寄り添うために、レトリックという手段をあえて使っているのです。
実践的哲学をしたら、40代女性であることを知らずに生きていくことができるでしょう。
今は実践的哲学を開始する段階ですので、40代女性であなたがなくなれるのがどのようにいいのかは、ここで説明すると言語介入が強くなってしまうため、ここで止めておきます。
少しだけ伝達しますと、今記述させて頂きました幸福感や充足感を欲求が求められるようになるとだけ表現させて頂きます。

生から立ち上げた生きることは、今まで正当で、絶対だった世界がそこになかったことが見えてくるでしょう。
生から生きるには、幼い頃に命名されて、あなたが自己を置いてきた過去の時間に戻り、時間制約の中で過去のあなたを規定する恣意的な世界を経由し潜り抜けてます。
そうすると、過去は未来の世界の一部だったのが、それが開となり、キーが外され、その中にあなたは入ることができます。
そこに、あなたは何を見つけるのでしょうか?
過去に置いてきた知覚と欲望の接地点が見つけ出せ、あなたから世界観という縛り付けがなくなっていきます。

復唱しますが、あなたは現在40代女性になりました。
これから10年間は40代女性として生きていきます。
それはどうしてなのでしょうか?
世界が観念の中に年齢の規定を導入していることにより、あなたは40代女性を意識せざるを得ないのです。
その規定がなくなれば、30代が良かったなと、思わなくいいいのにと求めている無意識のあなたの知覚作用も運動されています。
でも、それ以上に世界観に憧れとノスタルジアを内在させられていて、そこを解除する術がありませんでした。

ということは、解除できないのであれば、どうすることになるのかというと、結局はそのような自分という観念に巻き込むしかありませんでした。
そんな中でも、知覚と欲望は運動を継続していたのですが、その感覚はあなたには届くことはありませんでした。
意識という認識は、世界観に支配されていたからなのです。
世界観を解除するには、実践的哲学が必須です。それをしなければ、ずっと世界観を持ち、まだ届いていない世界観に理想と憧れを抱き、あなたが経験した過去の出来事にはノスタルジアな大きく話が盛られた武勇伝、さらには神話に匹敵する言語操作による絶対性の拡大があなたを縛ってきました。

そんな生きることをすると、真実味がなく実感もありませんので、40代女性を受け入れるしかなかったのです。
でも、もうそんな生き方を選ぶ必要はまったくなくなりました。
この記述は、世界観を脱却させるための、思考に欲求の回路を再起動させるためのエクリチュールの構造になっていて、あなたは眺め読むだけで、生の運動を感じられるようになっていきます。

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美意識には食欲の抑制から|40代女性の身体を哲学に化合させる。

40代女性に生き方変更。できることよりやりたいこと優先。やりたいことより好きなこと優先に

ここからは、これからの女性の生き方についてエクリチュールしていきます。
象徴界に年齢的認識を強く受容し、生きてきた現在40代の女性であるあなたは、これからの生きることについてどのようにお考えでしょうか?
この文脈の話を同年代の女性にパロール(話し言葉)である会話に持ち込むと、あなたは苦しい思いをし、それを内面的抑圧を表出できず、疲れを伴って終わっていくことでしょう。
つまり、女性同士で、真実を追求するパロールは絶対に行なってはいけません。
それを直観で分かっているのと、支配されている象徴界の教えにより、女性同士は関係性として義務の塊なのです。
それはどういうことかというと、あなたがやや知りたくない事実かもしれません。
なぜなら、あなたは象徴界において、とてもまっとうに義務を果たし今日まで生きてきたからです。
実践的哲学は問いかける段階では、弁証法の時間を逆向きにする運動を抑制し、時間の流れの運動と同じく順方向にさせます。
そんな経験をあなたはしてきたことがなく、知覚と欲望が再起動する瞬間に、最初は興奮した内面がなかなか抑えきれず、戸惑うかもしれません。

その経験は言語を一度は介入させますが、大海原にあなたを放り込むぐらいの大胆さを実践的哲学を提供する私たちは持っています。
大海原でどうかなったらどうしよう、などと思うのは、命名された他者の認識をあなたと同感しているだけなのです。
あなたを大海原に放り込むまでの段階に私たちは関わろうとしています。
そして、実践的哲学を私たちは、みずからの経験から導き出したのではなく、言語学や人類学、生物学を基盤してきた弁証法を活用した西洋哲学により構造と形態から作り上げています。

弁証法というのは、正当化した未来像を過去像に回帰させていた思考の形式です(当時の西洋哲学はこれが精一杯の思考だったのです)。
私たちはそのまま弁証法を含んだ西洋哲学を導入したのではなく、それを再起動させ、現代的にし、そこをまた現代的を実践的哲学により、潜り抜けたところに立ち、たえず実践的哲学で思考の形式を研究しています。
このエクリチュールには、その最新の更新された形式が行われ、あなたに提供できているのです。

実践的哲学とは、理論と実践が同時進行されています。
そこをあなたには差異として知らせるのかは、あなたの思考の段階や思考に繋がる神経系の興奮と抑制の作用の個体差によるため、差異の量というのはあなたが世界観を解除した反応からの各地点によって変更していくことになるでしょう。
あなたが40代女性を抱え、未来に理想と憧れ、過去にノスタルジアを抱え、生きていくとしたなら、そこには差延や外延のない帰結、それは幸福感と充足感のない毎日が続くことは保証されています。
それはなぜそのように言えるのかというと、そうやって生きてきて、50代女、60代以上の女性、またはすべての男性の方々がそれを明示してくれています。

その方々は生の喪失された権利と義務の中の恣意的な世界に世界の一員として生きてきたのです。
それは、帰属する認識を頼りに、場所は空間ではなく非空間を空間と観念がそうさせるようにした依拠でした。
あなたは、こうして生を高め、脳の中枢に構造としている脳幹というエネルギーの生成部位は形態の構成である器官になっているところです。

エクリチュールはその脳幹の核に響かせる文脈となっています。
言語作用を使用しながら、エクリチュールしている間に、言語作用は抑制され、あなたはこのエクリチュールを見ることを反復すると、神経系の興奮が生まれます。
脳幹はあなたが母胎で胚となってこの世の最小単位として誕生したときに、一番最初の分化(発達)でできた場所です。
そこには成熟してしまった成人のあなたとこれまで生きてきた象徴界に属した世界観の影響で、脳幹の生成は最小の運動になっています。
エクリチュールは、脳幹には間接的の神経系の経路になりますが、到達し、言語を経由しない出力は、あなたの身体の感覚神経システムを通って、生きるという活動で表出されるのです。

実態はそこにあるのですが、あなたはそれを自分で成し遂げたのかよく分からないものであるのです。
実践的哲学は、理論と実践を同時進行に成していきます。
この運動は、まさに人間が生きるのではなく、有機体の一体の個が生きることと同じ出力なのです。
実践的哲学は、あなたに生の実感して頂くための形式として生に一番近い運動の感覚であるのです。

40代を迎えたあなたは、実践的哲学の志向性の運動を現実界から象徴界に一旦入っていき、日常的な感情に目を向けていきます。
象徴界では、ずっと変わらず継続、維持されているのが、「生きることは苦しく、理想は求めるけど得られないのが現実なんだ。」という思考を認識で思考と思っている非思考です。
その中でも悩みというのは、将来についてのお金の心配、言い換えると仕事に関しての文脈です。

現在の仕事や生活環境についてどのように思われていますか?
心のどこかで不安だったり、心配だったりしているでしょう。
その多くは、象徴界を離脱する恐怖感から来ていて、象徴界そのものが実態のない権利と義務の関連性で維持している幻想であるのです。
現在の仕事または生活環境に満たされることをあなたは一度も経験していません。

現在、あなたが仕事をしている状況なら、現在の仕事は面白くなく、好奇心は何も高まらないと思われていることでしょう。
つまらないと感じるとき、あなたは象徴界の教義に従い、権利と義務を果たすことを見つけます。
答えは一つしかないのですが、それはすでにあるものとして思考の運動や生成を経由し省みる運動は与えられず、義務を果たすことで象徴界の一員になって、思考は非運動で止揚(ヘーゲルが弁証法で提唱したアウフヘーベン)されていきます。
つまり、悩みが落ち着いたと思われる錯覚がそこにあなたの姓と名があなたの起源である命名に立ち返り、象徴界の一員となるその誤作動は、40代女性の認識と理解を深めます。
また同じ起源論であり、「生きることは苦しいもので、理想と憧れは果たさないのが人生なんだよ。」という教義に戻されます。
あなたの手を引いて、裏側から見ようとすることを許されてはいません。
象徴界に帰属する限り、権利と義務が遂行させることを担保に他者との関係性と共有性が手に入った錯覚が得られるところから、その地点でも自分を許せた気になってしまうのです。

裏側には、喪失された幸福感と充足感で悲しい表情をしているあなたがいました。
あなたは言語を獲得し始めた段階で、口唇期の姓的欲求の抑圧を抱えたまま、言語成熟期に入りました。
そのときに象徴界の仲間入りをしてしまい、その因子はあなたを規定した命名でした。命名は特に日本語の名前には漢字という意味生成が完了したところが起源となったのです。

そうやって、やりたくない仕事をしていても、それなりに継続しているのは、権利と義務、そこには仕事とお金の関係性も入っています。
それが許されるのは、経済市場が健全であればの話となり、これからは誤謬で捉えたマルクスの考え方を日本は誤っているため、市場は縮小します。
そうなると、どの企業も雇用を維持するのは困難となり、象徴界に属してきた安全保障としての権利と義務の均衡が乱れ、あなたは動揺し、生きることを絶望的に捉えていくだろうと推測できるのです。

でも、このエクリチュールに出会ったあなたh違っています。
今、やりたくない仕事をしているなら、実践的哲学で軌道修正をしていきましょう。
新しい仕事をするにはと再計画したなら、思ってしまう観念は、「私にできることはなにか?」という問いですが、これも非哲学であり、象徴界に引き返しされます。

できることは何かという発想はあなたが属していた過去、つまり経歴が関連し、象徴界の権利と義務になります。
今、できることより、やりたいこと、好きなことを感じ取り、生成された享楽の領域にあなたの想像を立たせてみるのです。
今でできることより、未来の現実界でしたいことに焦点を合わせてみましょう。
今できることから導き出してしまうと、あなたは象徴界で培った経験から自分を他者として見てしまうのです。
そうではなく、今やれないことで好きなことは何か?とあなた自身に問うのです。
あと理想と憧れは抑制し、弁証法をかかわらせないようにしていきます。
つまり、現実界で好きなことなら、生きている時間すべてを捧げても、苦ではない理論と実践が同時に行われ、あなたは生きることと同時に主体となって、生きることができてきます。
すると、そのままの領域が空間となって、あなたが作り出した享楽の自然の運動により生きていけて、そこに少しだけ言語活動を作用させると、出された出力は、「幸福感と充足感」となる未来がそこに広がっていることでしょう。


本サイトのご説明をいたします。
美意識には、刺激として入力が必要だと申し上げました。
そして、入力には自分で刺激を用意しては、予期しないことでないため、それでは入力系にはならないとお伝えしました。

それを容易に叶えるのが本サイトであります。
本サイトは、女性であるあなた自身が今よりも充実感や幸福感を高め、日々が満たされるよう、そのお手伝いをさせて頂くことがビジョンです。
そのための入力を反復して頂くことが充実感や幸福感、美意識による生き方の変更、日々感じておられる仕事や人間関係などの疲れ、心に限らず身体に感じるイライラ、倦怠感、憂鬱な気持ちにも対応できるようになっています。

入力を促すには、本サイトが無料でお読み頂ける実践的哲学で構成された記事をお読みください。
これは、本来の普遍的傾向でしたら、無料でお読み頂く記事を無料にはしないほどの内容と質と量が伴っており、この記事が有料となるのですが、入力は自由にやって頂く方が適切だと考え、生の哲学を現代に合った文体で読むことができます。
これが、始原的な入力となり、何度も読んで頂きますと、入力の神経系は解放され、そのうちあなたの内部運動が持つ制御が生まれ、発散から収束され、あなたの思考の資材となります。

そこからより個別的に自分磨き、または疲れがなかなか取れない、孤独感があって、一人で過ごすことは不安や焦りが出てくる感覚がある方は、一歩進んで個別的実践的哲学に導入することをお勧めいたします。

・スタンダードメンバー;月額864円
本記事への質問し放題、月二回にあなたに合った個別的哲学のエクリチュールを提供させて頂きます。

・プレミアムメンバー;月額2,700円

あなたという一人の人を哲学により解体し、実際の未来へのビジョンや理念を立たせるお手伝いをいたします。必要に応じて、パロール(話し言葉)が必要ならオプションで実践的哲学をトレーニングしている哲学者とコミュニケーションの時間を作ります。

 

 

 

 

 

 

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tak

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